最果ての地にて愛をつなぐ ⑤

小説 最果ての地にて愛をつなぐ

架空の物語5記事目。

物語の内容
コロナ騒動がきっかけでで仕事を辞めた若い女性が主人公の物語。
主人公の梢は19歳で社会人2年目。
今の世の中の状況に疑問を持ちながら、
堂々と言えるほどの勇気はない。
その状況から自分の感覚に従って行動し、一人旅をきっかけに
世間の状況とは違う生き方をする人々との出会っていく。
そこからの影響も受けながら自分の生き方を見つけていく。

小説本文はこちらからです。

回想 2020年 夏

5月の下旬から唯さんが店に出てこなくなって、約一ヶ月が過ぎた。
市内の、ショッピングモールの中に入っている飲食店で働いていると聞いた。
カフェの二階がここの家族の自宅になっているので、いつでも会える距離にいると言えばそうなのだけれど。
梢が出勤してくる時間には唯さんはもう家を出ているし、帰りも遅かったのでほとんど会える事はなかった。

マスターとママは以前と変わらない様子で、常連のお客さんの何人かはほぼ毎日店にやってきていた。
梢がこの店を大好きでいる事も変わらなかった。
ただ少しずつ、やる事が無くなってきたなと感じていた。
店の中にあった物はほとんど売りつくしてしまったため、その宣伝のためのSNS発信や梱包や発送の仕事ももうない。
コロナ騒動以前は、ランチの時間帯はいつも満員で、外に並んでもらわないといけない状況だった。
それ以外の時間もお客さんが途切れるという事がなく、夕方以降も仕事帰りのお客さんで店は賑わっていた。
四人でやっていてもかなり忙しく、あっという間に時間が過ぎるという毎日。それが普通だった。

ところが今は、スタッフが一人減って三人になっても十分回る。
手持無沙汰な時間が増えていた。

これ以上ここに居てもいいものか。
梢はだんだん悩むようになった。
マスターもママも人がいい。
よほどの事が無ければクビだとは言わないだろう。
でも今の状況を見ていると、どう見ても二人で十分というのはよくわかった。
好意に甘えていてはいけないような気がする。

梢がこの店に来て、ちょうど一年が過ぎようとしていた。

6月に入って半月近く悩んだ末、梢は今月いっぱいでバイトを辞めたいという事を伝えた。
理由は、田舎に帰らないといけなくなったからという事にしておいた。
もちろん嘘だったけれど、本当の事を言えばマスターもママも引き留めてくれるような気がして、それに甘えてはいけないと自分に言い聞かせた。
最後の勤務の日に二人は、梢が一番好きだった店のメニューを食べさせてくれて、お菓子をお土産に持たせてくれた。
田舎までの電車代という事で、給料とは別に二万円も。
その心づかいも本当に嬉しく、嘘をついた罪悪感もあったけれど、無難な辞める理由として他に思いつかなかった。
また京都に出てくる事があったらいつでも連絡してこいとも言ってくれた。
唯さんにはこの日も会えなかったけれど、連絡先は交換出来た。
本当は辞めたくなかったけれど、大好きになれる仕事場で一年間居られた事はいい経験だったと心から思えた。

梢は、これからどうするかは決めていなかった。
本当に田舎に帰ろうと思えば帰って、遠くても通える仕事を探すという道もある。
アパートの更新までにはまだ半年以上あったが、一人暮らしの経験もした。
これで満足して一旦地元に帰るか、それともまたバイトを探してもう少し京都にいるか。

考えながら数ヶ月ぶりに母親にラインしてみると、コロナ対策をしっかりやっているかという話題ばかりだった。
梢の母親は48歳で専業主婦。
勤めていたカフェの経営者夫婦より一回り以上若かったが、情報源として新聞テレビしか見ない人だった。
町役場に勤める父親も同じような感じで、家族は高校生の妹も含め三人とも、テレビで伝えられる感染者数などコロナ情報をもれなくチェックしていた。
感染対策万全を合言葉に、一致団結して取り組んでいるという。
「不要不急の外出は避けマスク消毒を欠かさないように」と、テレビと同じ事を家族から言われると、梢はドッと疲れた。
その話題はスルーして、元気で頑張ってねと伝えてやり取りを終えた。
争いたくはないが、コロナ対策万全の生活に付き合いたくもない。
梢は仕事を辞めた事は親に言わずに、もう少し京都に居ようと決めた。

今まで週一休みでずっと働いてきたので、久しぶりに時間は出来た。
預金残高を確認すると、働かなくてもやっていけるのは約三ヶ月、ギリギリまで切り詰めれば半年近くはいけるかもしれない。
仕事を辞めた翌日の朝は、部屋を綺麗に掃除してシーツやカーテンなど大きな物も久しぶりに洗濯。
沈みそうな気分をスッキリさせた。
好きだった仕事を辞めてしまった寂しさは、後になって余計に込み上げてくる。
でも自分で決めた事に今更悩んでも仕方がない。
前を向いていこうと思った。

休みになったといっても、体力は有り余っているので部屋でゆっくりする気分にもならない。
掃除が終わったら、梢は出かけたくなった。
今日から7月で、午前中から外はかなり暑い。
でも夏は大好きなので、この程度の暑さなら気持ちがいいと感じる。
天気もいいし、仕事も探しがてら外を歩いてみようと家を出た。

しばらく歩いてみると、街の様子が去年までとは一変してしまった事をあらためて思い知らされる。
昨日まではこの時間すでに仕事に入っていたので、ここまで気が付かなかった。
一人で歩いている人も、自転車、バイク、車の運転をしている人までマスクを着用していない人は誰もいない。

カフェではマスターもママも来るお客さんも、感染対策を気にしている人など一人もいなかったので、梢もそれに慣れていた。
テレビの情報さえ見なければ、実際に街の中を見ても、具合が悪くなっている人やバタバタ倒れている人がいるなどの異変は感じない。
ただ、マスクをした人しかいないという異様な光景に変わったというだけ。
それと、街中の目立つ場所に感染対策に関する看板、多くの店の前にも感染対策に関する看板。
公園に行ってみてもショッピングモールに入ってみても駅地下に行ってみても、感染対策に関するお願いのアナウンスが絶え間なく流れている。
「マスクの着用をお願いします」
「手指の消毒をお願いします」
「並ぶ時は距離を取ってください」
「商品に手を触れないでください」
「買い物は最低人数で短時間で済ませて下さい」
「会話はお控え下さい」

歩いている人の雰囲気も、なんだかピリピリしている。
梢がマスクをしていないからか、露骨に嫌な顔をして避けていく人も何人もいた。
人と会話するわけでもないのに、一人で歩いている人も運転している人も全員マスク着用が当たり前になっているらしい。
暖かくなれば感染者数も減ったという流れになるかもと思ったのは甘かった。

季節は真夏になろうとしているのに、状況は変わらない。
気温が30度をこえている中でマスクをするのはかなり根性がいる事だと思われるが、皆がそれを守っている。
どこかで働こうと思えばこの異様な習慣に合わせないといけないのかと思うと、梢は絶望的な気持ちになった。

三条河原町から四条河原町、祇園、八坂神社、円山公園内、二年坂、三年坂、清水寺。
今日街に出てみるまでは、観光客の多い場所の飲食店か土産物屋あたりで、どこか求人がないかとぼんやりと考えていた。
歩いてみるうちに、気持ちはどんどん沈んでいった。
あんなに観光客が多かった場所が、どこも閑散としている。
勤めていたカフェの現状や周りの様子で、ある程度見当は付いていたけれど、思ったよりずっと酷かった。
それに加えて、見る人全員がマスクをしているという奇妙な光景。

気分を変えようと四条河原町まで戻り、そこから新京極通りへ。
大好きな映画館へ向かった。
以前来たのは今年入ってすぐの冬だったので、半年ぶりだ。
コロナ騒動が始まってすぐのその時はまだ、映画館には普通に入れた。
ところが映画館入り口までくると、以前とはすっかり様子が変わっていた。
感染対策に関する注意書きの大きな立て看板。
入り口には消毒液が置かれ、マスクを着用していない者の入場禁止。
入る気も失せて梢は引き返し、そのまま帰宅した。
そういえば朝も昼も食べていなかったが、食欲すら消え失せていた。

部屋に戻って、自分一人の空間の中にいると少し心が落ち着いた。
食欲も出てきたので、買い置きしていたレトルトのカレーライスをレンジで温めて食べた。
食後にはカフェでもらったお菓子と珈琲の入ったマグカップをテーブルに置いて、好きなユーチューブ動画を観る。
動画の中には去年までと変わらない風景があった。
自分だけの空間で映像を楽しんでいると、今見てきた現実の方がフィクションのような気がしてくる。
でもあれは紛れもなく現実なのだ。
あと一ヶ月か二ヵ月か、それとも半年か、もしかしたら今の状況が変わって元に戻るかもしれないという淡い期待もある。
出来るならああいう状況の中で働きたくない。
家に帰るという道もない。

人が多い京都市内だから余計に感染対策がうるさく言われているのだろうかと、梢は考えた。
(もう少し田舎へ行ったら、もしかしたら少しは違うかも。田舎では仕事は無い気がするけど、人が少ない分この異様な雰囲気と圧迫感は薄れてるといいけど・・・・・・)仕事探しはとりあえず保留にして、時間はあるのだからどこか旅行に出て他の地域の様子を見てみようと思いついた。

綿密に計画を立てるのは好きではないので、大まかに行く方向を決める。
高校生の時に行った旅行と同じように、あとは行ってから考えようと思った。
この状況で宿泊先がその場で探せるかという心配もあったので、泊まりが無理だった場合日帰りで帰れる範囲の場所を選んだ。

いつもよりかなり早く起きて電車に乗ったせいか、窓の外を眺めているうちに眠ってしまった。
目が覚めた時には、電車内はかなり空いていた。
梢の隣の席に座っていた女性も、どこで降りたのかもういなかった。
満員電車は苦手なので、今の感じにほっとする。
窓の外を過ぎてゆく景色も、いつの間にか山や田畑が多くなってきた。
通勤の人達に混じって今朝電車に乗った時の、嫌な緊張感が薄れていく。
どうせ終点まで行くのだから、今どこなのか気にする必要もないしまた寝てしまってもかまわない。
見知らぬ土地に旅行に来たというワクワクする気分を楽しみながら、梢は窓の外を眺め続けた。

続きはこちらです。









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