小説 最果ての地にて愛をつなぐ①

自営業者の日常雑記

コロナ騒動がきっかけでで仕事を辞めた、若い女性が主人公の架空の物語。
今の世の中の状況に疑問を持ちながら、堂々と言えるほどの勇気はない。
このまま流されたら何処に行くのだろうという不安。
けれど流されたくないという気持ち。
その状況から、自分の感覚に従って行動し、一人旅をきっかけに
年代も職業もバラバラの色んな人と出会っていく。

1章は一人旅に出る場面(このブログ)
2章からは、2020年の回想。
自分自身も勤めていた店の中も何も変わらないのに、
周りの様子だけがどんどん変わっていく。

そのあと回想シーンから現在に戻って、旅行先での出来事、
世の中の状況とは違う未来を選んでいくという内容。

1章ずつゆっくり更新予定。


第1章 きっかけ

ホームに滑り込んできた電車は、京都が終点で折り返し発車。
一斉に人が降りていき、一番前に並んでいた梢は電車内を素早く見回す。
後ろに並んでいた人は多く、すぐ満員になりそうだ。
出来る限り人と向き合いたくなくて、ボックス席より二人掛けの席を探した。

空いている二人掛けの席見つけ、梢は窓側に座った。
その後すぐ、隣の空席に女性が座る。
梢は、その人から顔を背けて精一杯窓の方を向いた。
ここまで来る途中でも、すれ違う人の中の何人かが見せた、露骨に不快感を表す表情。

外でさえそうなのだから密になる電車内ではもっと、マスク不着用に対して不快に思う人が多いだろうと想像できた。
(本当はそんなこと、絶対おかしいのに)
おかしいと思う一方で、何か言われるのを無意識に恐れている。
梢は、そんな中途半端な自分が嫌だと思う。
それなのに頭の中では心配がグルグル回りだした。

見られたら何か言われるか、嫌な顔をされて無言で立たれるか。
そうなったら満員電車の中で自分の隣だけが不自然に空く。
車内の全員から、一斉に非難の目が向けられる。
まだそんなことが起きたわけでもないのに脳内でそれを想像してしまい、緊張感で全身が硬くなった。
嫌な汗が噴き出してきて、脈拍が早くなっているのが自分で分かる。
(落ち着け。大丈夫)
心の中で自分に言い聞かせると、窓に額を押し付けて外を見た。
梢は、この騒動は明らかにおかしいと思っている。
でも堂々とそれを言えるほどの勇気は無かった。
せめてもの抵抗で、感染対策には従わないと決めている。

以前この電車に乗った時に何度か見たことがある街の景色が、静かに窓の外を流れていく。
梢はここ半年近く、電車にもバスにも乗っていなかった。
今年2020年、コロナ騒動が始まって以降はどこへ行っても「感染対策」
全員がマスクを着用しているという異様な光景に、電車やバスに乗るのが怖くなっていた。

高校生の頃梢は、電車に乗って少し遠くまで行くのが好きだった。
その頃は一人旅と言っても日帰りで行ける範囲。

二泊三日の旅行をしたのは、高校を卒業してから就職までの間に一度だけだった。
その時は思い付きで岡山に行き、行ってから民宿を探し、そこに泊まった。
個人宅のような民宿の美味しい食事と気さくなもてなし、他の宿泊客との会話、気の向くままに歩いた街、岡山城。
電車に乗って窓の外を眺めていると、一年数ヶ月前の楽しかった旅行の思い出が心をよぎる。
そして、それが何か遠い過去のことのように感じられた。
わずか数ヶ月で、世の中の様子はあまりにも変わってしまった。

今日は本当に久しぶりに、電車に乗る事を決めて朝から出かけてきた。
一人暮らしのアパートからすぐの三条京阪駅まで歩き、京阪電車に乗って七条まで。
天気もいいので、そこから少し距離のあるJR京都駅まで歩いた。
何処に行くかは昨日大まかに決めていたので、まずは新快速で行ける終着駅までの切符を買う。

観光地は人の姿が消えてガラガラなのに、通勤ラッシュにあたるこの時間、駅は人であふれていた。
恐ろしい伝染病が流行っているから自粛をしろと言われているのに、満員電車は相変わらず。
この事に対しても梢は、どう考えてもおかしいと感じる。

今日出かけてきた事に、何かはっきりとした目的があるわけではなかった。
ただ遠くに行きたかった。
(今日遠くに行っても、何も変わるわけでもない。日本中どころか世界中今はこの状況やし逃げられるとこなんか無い)
頭ではそう思っていても、梢はどうしても出かけたくなった。
無職になったばっかりで節約しないといけない時なのにと思いながら、それでも理性より感覚の方に従った。
遠くに行く事で何かから逃げているのか、単に気分を変えたいのか、自分でもよく分からない。
ただどうしても、じっとしていられなかった。
じっとしていたら、何か大きなものに押しつぶされそうな気がした。

社会人になって二年目で起きたコロナ騒動。
そのせいで予想外の失業。
仕事に行かなくなって二日目。
なのにもう何ヶ月も過ぎたような気がしていた。

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