最果ての地にて愛をつなぐ⑰  第12章 2021年4月

小説 最果ての地にて愛をつなぐ

 

丸い社会への移行をイメージして書いた架空の物語。
コロナ騒動で変わってしまった世界からそっと離れて、
丸い社会で暮らす人々の日常。

第12章 2021年4月

今年の桜は予想通り早くて、3月の終わりには満開になった。
聞いていた通り、何となく人が集まってきて花見を楽しんでいるという光景が見られた。
梢も、最初から人が集まっている場所へ、民宿のメンバー皆んなと一緒に参加した。
昼は昼で空の青を背景に満開の桜が美しく、夜は夜で幻想的な雰囲気が楽しめる。
夜は、誰かが照明を持ってきたらしく桜がライトアップされていて、昼間とはまた違う雰囲気が楽しめた。

普段から、この辺りでは野外で演奏を披露する人も多い。
ギターの弾き語り、トランペット、フルート、ハーモニカ、伴奏の音源を持ってきて歌を披露する人もいる。
一人で演奏する人もいれば、数人のメンバーでやっているグループもあった。
聴きたい人は立ち止まって聴いて、演奏が気に入ったらお金やら食べ物やら置いていく。
誰が決めたわけでもないけれど、何となくそうなっていた。

この日の花見のように、何かある時はいつも以上に路上で演奏をする人が多い。
順番が決まっているわけではないけれど、適当に譲り合っていい流れになっている。
常にだれかが何かやっていて、観る方も色んな演奏や歌が楽しめて飽きることがなかった。
食べ物を求めて集まってきた通いの動物たちも、聴きながらリズムに乗っている様子。
演奏の合間には、昔懐かしい紙芝居をやっている人もいて子供たちが喜んでいた。
工芸作品など普段店で売っている物を、持ってきて売っている人もいる。
皆それぞれに、好きなところにレジャーシートを敷いて、ライトアップされた桜を眺め、好きな飲み物や食べ物を楽しむ。
座らずに、ゆっくり歩いて桜を楽しむ人もいて、人それぞれだった。

梢は花見の様子を写真に撮って、前の職場の3人と作っているグループラインに送った。
数日後には、京都でも常連のお客さんを交えて花見をしている写真が送られてきた。
知っている顔ばかりで懐かしい。世の中がどう変わろうとも、変わらない場所がある。ここにも、そして京都にも。
この流れはきっと、もっと広がっていく。それを想像すると、梢の頭の中ではいくらでも楽しい空想の世界が広がっていった。

4月に入って以降は、天気のいい日の昼間は少し暑いくらいの時もある。
自転車で風を切って走るには、一番気持ちのいい季節がやってきた。
梢は最近電動自転車を買って、急な上り坂も楽に走れて全然疲れないので、以前よりもっと遠くまで行くようになった。
自転車がパンクしないか気にしつつ、まだ人の手があまり入っていない山道も少し走ってみた。
さらに遠くまで行きたい時は、健太が車で連れて行ってくれた。
民宿のメンバーや、この地域で出来た友達が一緒の事もあった。

地域全体をくまなく回ったり、もう少し外側まで行ってみる目的は、気分転換以外にもう一つある。
この地域全体で、つながっている人達の店を全部載せて地図のような物を作ろうという計画だった。
載せていいかという事は、店に行った時ついでに個別に聞いていた。載せて欲しくないという人はいなかったので、全部載せられる。
地図を作って店の場所が分かるようにして、店名と扱っている品物やサービスを書きこむ。
あとは、希望する人のみ連絡先やホームページなどの情報を載せる。
地域動物の事も載せると面白いかもしれないなど、新しい案も出ている。

これに関わっているのが民宿のメンバー4人と、薫、慶の6人だった。
この他に、時々相談に乗ってくれたり手伝ってくれるのが、カフェの女性オーナーと、そこの常連の達也と怜の二人。
出来上がったら、カフェの壁にもこれを貼ってくれる事になっていて、達也と怜のブログやユーチューブで、地域名は伏せた上で出していこうという計画だった。
地域名を伏せるのは、今も変わらず感染対策万全でやっている世の中の流れからすると全く反対の事をしているわけで、知られたら潰される可能性も考えているからだ。
ここを気に入って転居してくると見せかけて、工作員が送り込まれても困る。
まだもう少し人が住める余裕があるだけに、せっかくいい感じで暮らしているところを邪魔されたくないというのは、この地域の全員に共通する願いだった。
地図を作るのは、これから新しく移住してくる何人かの人が、ここに来た時に暮らしやすように。
そして、もしその人達が商売をしていて望むなら、そのお店の事も地図に書き加え、新しい店にも皆が行きやすいように。
そうやって皆が暮らしやすい場所を、楽しんで作っていこうという考えだった。
これに関わっているメンバーは皆、お金と時間にはそこそこ余裕があるので「取材」と称して店を回り、好きなように飲食したり買い物をする。そのついでに店内や商品の写真を撮ってくるというのが常だった。
そんなマイペースでも、地図は少しずつ完成していった。




「なんかまた店減ってる」
「ほんまに?ここ何ヶ月で?」
「そう。新しいホテルばっかり増えるわ」
京都にいる唯との、グループラインでの会話だった。
梢の前の職場であるカフェの三人が、この冬に泊まりに来てくれた時にも、そういう話は少し聞いていた。
それからわずかの期間にさらに、元あった店は軒並み潰れていき、建物ごと取り壊されてホテルが建てられているらしい。
数十年前から京都にいる人達からすると、ここまでの変化は今までになかったことで、何か得体のしれない気味悪さを感じると言う。
京都市内で、大きなビルがまとめて外国資本に買い上げられたという情報も入っていた。

場合によってはここには居られないという事を、この頃家族で話すようになったという事だった。
コロナ騒動以降特に「京都の街はすっかり変わってしまった」と言っているのはこの家族だけでなく、店の常連のお客さん達の間でも、SNS上でもその話は出ている。
東京は更にひどい状況らしく、大阪でも今までにない変化が起きていた。
都会にいるほどこの変化から逃げられないかもしれないというのは、今の世の中の騒動に疑問を持つ人の間で共通の認識だった。
梢は、今の場所で暮らし始めてからそういう危機感とは無縁で呑気に生きてる。
でも世の中はまだ、元に戻っていないどころかもっとひどくなっているという情報しか入ってこない。
個人店舗が次々と姿を消して街の様子は激変し、感染対策という名のもとに決まり事はどんどん増えて、さらに暮らしにくくなっているらしい。
「もしかしたら今年来年ぐらいに引っ越すかもしれん」
4人のグループラインには、そんな事も書かれていた。

京都でも、車が無いと暮らせないくらい不便な田舎の方に行けば、まだ変わっていない場所はあるという。
店が休みの日には、そういう場所に出かけて行ってリサーチしているらしい。
常連のお客さん達ともそんな話をしているようで、グループラインにも転居の話が、最近よく入ってきていた。
グループラインで話している内容から、唯と両親は、京都でどうしてもいい場所が見つからなければ京都を離れる事も視野に入れて今動いているようだった。
梢は、どんな形でもいいし三人がこれからも幸せに生きてくれるようにと願っている。

何か悪い事をしたわけでもないのに、なぜ逃げないといけないのかと思うと理不尽さも感じる。でも今の世の中の状況に合わせたくなければ、逃げると言うより離れるのが得策だと思える。そんなことが、グループラインでの会話に入ってきていて、梢もその通りだと思っていた。
この地域の人達の考えも、今の世の中の権力と戦うという感じではなかった。
戦おうとすれば、相手はより強い力で押してくる。もっと決まりを増やし、もっと強制力を強めて、さらに強く抑えつけてくる。
そうならないためには、静かにそっと離れる。
実際この地域の中では、梢は自分達が透明人間になったのではないかと思う事があった。

梢自身を含めここで繋がりのある人達の事は、この地域に住む他の人達から見えていないのではないか。そう感じる事がよくあった。感染対策を守らない不快な連中だからあえて無視しようというような、敵意も特に感じない。
存在自体が認識されていないのではないかという、何とも不思議な感覚だった。
この地域でも、テレビの情報を欠かさずチェックして感染対策を頑張っている人の方がずっと多いはずで、その人達はすぐ近くに暮らしている。実際、こちら側からその人達の事は見えている。
最近では、感染対策にはマスクを二重にするといいということが言われているらしく、そんなのを本気にする人がいるんだろうかと思っていたら、実行している人をけっこう見かけて驚いたことがあった。
花見の季節にも、一応それらしくレジャーシートを敷いて、でもマスク着用、距離を取って消毒液を何本も置いて、疲れた顔をして無言で向き合って座っている人達のグループをいくつか見かけた。
余計なお世話だが、あれで楽しいのかと疑問に思ってしまう。
こちら側からは向こうの世界が見え、反対からは見えていない。そんな事があり得るのかと思うが、どうもそれに近い事が起きているらしい。
こちらが対立の波動を出せば、相手側からもこちらを見て攻撃してくるし、文句を言ってくるだろう。
なのでこちらは戦う意思を持たず、対立せず、ただ自分達のペースで平和に暮らす。
相手の視界から消えるには、そこがどうもコツらしい。

今日も民宿のテーブルには春の花が飾られていて、外の花壇にも花が咲き乱れている。
新茶の季節なので、料理の後にお茶を出して喜ばれている。
果物はいちごが今荀なので、食後のデザートにはいちごを使っていた。
梢はここに来て、夏、秋、冬、春と全ての季節を体験して、毎月毎月季節の変化を感じる食べ物、草木、花、景色を楽しんでいる。
ここでは人間も動物も、相変わらず皆とても元気だった。
恐ろしい伝染病などどこで流行っているのかと思う。
その裏にある真実も知ってしまった今では、外でどんな事が起きていても「またやってるなあ」としか思えなかった。
来月は新緑の美しい5月になる。民宿のメンバーの間では、テーブルの飾り付けやメニュー、イベントをどうしようかと、今日も賑やかな話し合いが行われていた。


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