最果ての地にて愛をつなぐ⑥

小説 最果ての地にて愛をつなぐ

オリジナル小説の6記事目です。
これまでの話
2019年、主人公の梢は社会人二年目。
コロナ騒動が始まって街の様子は変わってしまい、
勤めていたカフェも以前より暇になってしまった。
迷惑はかけられないと思って辞めて無職に。
時間だけは出来たので久しぶりに一人旅に出る。
今回の内容は・・・
何処へ行っても感染対策の異様な雰囲気からは
逃れられないのかと諦めかけた頃、
他とはどうも雰囲気の違う店を見つける。
ここでは驚く事ばかりだった。

小説本文はこちらからです。

第5章 2020年夏 旅先での出会い

終点で梢が電車を降りる頃には、残っている人も少ない。
見る人全員がマスクを着用しているのは何処に行っても同じだったが、京都市内に比べると人の数が多くない分、異様な圧迫感も少なかった。
早朝に出かけてきた時はまだ涼しかったが、今はかなり暑い。
時計を見ると午前10時を少し回っている。
普段は朝起きるのが遅めなので朝食を食べなくても平気だったが、今日はもうお腹がすいてきた。
せっかく旅行に来たのだから全国チェーンのどこにでもある店より、この土地にしかない店に行きたいと思う。
まだモーニングの時間だからどこかでコーヒーとパンか、麺類でもいいなと思いながら歩き始めた。
すれ違う人が皆マスクをしているのはここに来てもやっぱり変わらず、駅や店の前に消毒液が置いてある事も変わらなかった。
げっそりした気分になりかけたが、人混みでないだけマシだしせっかくここまで来たのだから楽しもうと、梢は気を取り直した。

今日は天気が良く、見上げれば青空が広がっている。暑いけど気持ちがいいと思えた。
風もあるので、歩いていて辛いほどの暑さでもない。
盆地独特の京都の蒸し暑さよりは、ずいぶん爽やかな感じもする。
時々飲食店を見かけても、感染対策の看板がある時はパス。
なかなか入りたい店が無いと思いつつ、空腹を我慢して諦めずに20分くらい歩いた。
駅前から真っ直ぐに続く大通りから少し細い道へ。
車もあまり通らないような静かな路地奥で、梢は個人経営らしい小さな店を見つけた。
昔ながらの喫茶店という感じ。
鉢植えの花が店の前に沢山あり、その横で猫が昼寝をしている。
ものすごく気持ちよさそうに寝ているので、起こさないようにそっと横を歩く。
営業中と書かれた木製のプレート、黒板に書かれた手書きの文字にも、温かさが感じられた。
感染対策の注意書きも特にないので大丈夫かなという直感で、梢は扉を開け中に入った。

「いらっしゃいませ」
店主らしい年配の女性が、穏やかな笑顔で梢を迎えた。
綺麗な白髪を、飾りの付いたバレッタでまとめている。
着物をアレンジして作ったような独特の衣装の小柄な女性は、この店の雰囲気に似合いすぎていて、何か物語の中から出てきた人のように感じられた。
木製のドアを押し開けると、大好きな珈琲の香り。
中に一歩足を踏み入れると、パンを焼いている香ばしい匂いがした。
会話の邪魔にならない程度の小さ目のボリュームで、心地いいBGMが流れている。

大通りでさえ外は人通りが少ないのに、驚いたことにこの小さな店の中は満員だった。
十席ほどあるカウンターは満席。
四人用のボックス席が一つだけで、そこにはすでに二人座っていた。
「満員ですね」
すごく好きな感じの店だったので、しばらく外を散歩して空いたころにまた戻って来ようと思ってそう言った。
出ていこうとした時、四人用のボックス席に座っていた女性が梢に声をかけた。
「良かったらここで一緒にどう?」
「俺そっち行くし、ここ座って」
連れの男性の方が立って、女性の横に移動してくれた。
「すみません」
梢は頭を下げ、好意に甘える事した。
オーナーの女性が、氷の入った水とおしぼりを出してくれる。
そう言えば入り口でマスク着用も検温も言われなかったし、消毒液の入れ物は店内のどこにも見当たらない。

ボックス席の二人は、梢の両親と同年代くらいかと思われるカップルだった。
(夫婦かもしれないけど何というのかすごく・・・)
梢は頭の中で言葉を探した。
(ラブラブな感じ。でも全然、不自然じゃない。なんかいいなあ)
梢の両親は、とくに激しい喧嘩をするほど仲が悪いわけではなかったけれど、一緒に外出するようなことはまずないしスキンシップは皆無、会話も多くなかった。
父は仕事で、母は家事や町内の用事で忙しく、いつ見ても疲れているようだった。
実際二人とも「忙しい」と「疲れた」が口癖だったし、それを見ている自分まで疲れたような気がしてくることがよくあった。
コロナ騒動が起きてから家族で感染対策について意見が合い、団結しているというのが何とも皮肉だ。
けれど、学校に行っていた頃の先生や、近所の大人たちを見ても、この世代の人達というのは大体そんな感じだったので、それが普通だと思っていた。

年代は多分近いのに、この二人から感じられる雰囲気はそれとは全く違っている。
二人とも今のこの時間を心から楽しんでいる、生き生きとしたエネルギーが伝わってくる。
向かいに座っているだけで、何か元気になれそうな気がした。
少し長めの髪で眼鏡をかけた細身の男性と、美しくて華奢な女性。
二人とも服装からしてサラリーマンではなさそうで、話す言葉が関西人ではないアクセントだった。

梢は接客業だったわりに人見知りなところもあるのだが、見知らぬこの二人と一緒に座っている事に居心地の悪さは一切感じなかった。
二人は、梢が前にいても気にする風もなく飲み食いしながら会話し、梢はメニューを見ていた。
空腹は限界だったので、一番ボリュームのありそうなモーニングのメニューを頼んだ。
歩いてきて喉が渇いていたので、冷たい水が最高に有難い。
コップの水を半分以上一気に飲んで、やっと人心地ついた。

「旅行?」
「そうなんです。京都から来ました」
「京都の方が観光地って感じするけどね」
「違うとこ行ってみたくなったんで」
「住んでたらそうだよね」
二人は時々自然に話しかけてくれるし、変に詮索もしない。
カウンターにいる人達も、店主と会話したりお互いに会話したりしながら朝の時間を楽しんでいる様子。
皆常連客なのか。老若男女バラバラ。誰一人、仕事前に慌ただしく朝食を済ませるサラリーマンらしい様子はない。
時間的にも仕事に行くにしては遅すぎる、昼前の時間だった。
(なんかめちゃくちゃいい感じ)
梢は、この店を見つけただけでも旅行に来てよかったと感じた。

「お待たせしました」
薄茶色で厚めの陶器の皿。そこにたっぷりと盛られた料理と、珈琲が運ばれてきた。
ふんわりしたオムレツ、トマトの赤とキュウリの緑が鮮やかなサラダ、半分に切って焼いた玉ねぎにはオリーブオイルとハーブ、スパイスがかかっている。色よく焼けた厚切りトースト。
最初に一口飲んだ珈琲は、少し濃いめで酸味より苦味が強い。梢の好みの味だった。
料理も素晴らしく美味しい。
周りにいる人の存在も忘れるくらい、冷めないうちに夢中で食べた。

「ここのは美味しいよね」
食べ終わった頃に、向かいに座っている二人が話しかける。
「本当にめちゃくちゃ美味しいです!」
正直な感想だった。
「ありがとう。良かった」
狭い店内で会話は全部聞こえるので、店主が梢達の方に人懐っこい笑顔を向けて言った。
半分残っている珈琲をゆっくりと飲み干す。
この店の中では、すべてが心地よかった。
流れている音楽。
美味しいコーヒーと食べ物。
店に置かれている花や観葉植物。
温もりのある木製のテーブルや椅子、厚みのある陶器の食器。
よく磨かれた窓からは気持ちよく自然光が入り、店内はとても明るい。
そして何よりも人。店主もお客さんも皆何でこんなにも暖かい雰囲気があるのか。

もう他の場所へ行かなくても、居られるならここで飲み物やパンをお替りしながら数時間でも滞在したいと梢は思った。
扉の下にある猫用で出入り口から、さっき外に居た猫が入ってきた。
猫がカウンターの方へ行くと店主が水の皿と食べ物の皿を出し、猫はゆっくりと食べ始めた。
「このお店の子、可愛いですね。さっき外に寝てましたよね」
「うちの子や無いねん。通ってくるんやけど」
猫は堂々と食事をしていて、お客さんも猫を触ったりしているが平気らしい。
何処に住んでいるのか不明の野生の猫だけれど、よくここに来るという事だった。
猫用扉があるのは、昔猫を飼っていたがその猫が老衰で死んでしまい、扉はそのままにしておいたところこの猫が入ってくるようになったとのこと。
だからといって所有して飼おうとはしないところが、何となくいいなと梢は思った。
店主が言うには、猫自身が野生の方が生きやすいと思っているのが伝わってくるからということ。
その感じは梢も、猫を見ていると何となくわかった。

しばらくすると今度は、外から犬の鳴き声が聞こえた。
(え?カウンターの奥?犬なんて居た?)
梢は自分が入ってきた入り口だけが店の出入り口と思っていたので、反対側から犬の鳴き声がして驚いた。
よく見ると奥にももう一つ、勝手口のような扉があり、その外に犬が来ているらしい。
野生の猫の次は野生の犬だろうかと梢は思う。
店主が扉を開けると、フサフサとした真っ白い長毛の巨大な犬が入ってきた。
犬は、猫のところまで行って同じ皿から水を飲んだ。
店主は皿に水と食べ物を足す。
大きさは随分ちがっても、二匹はとても仲がいいらしい。


「俺らが遅いし迎えにきてくれたわ。行こか」
カウンターに座っていた若い男性が立ち上がる。
隣に座っていた年配の男性も立ち上がった。
「ママ。ごちそうさん」
男性は、足元に置いていた袋を持ち上げて店主に渡した。
「ありがとう。よーけ入ってんなあ」
「今朝穫れたばっかりやで」
店主が袋の中身をカウンターの隅で開けて見ている。
色鮮やかなトマト、形は曲がっているけれど瑞々しいキュウリ。
梢はさっき食べた料理を思い出した。
トマトは味が濃くて、キュウリはまだ表面のトゲが残っている新鮮さだった。
以前勤めていたカフェも食材にはこだわっている方だったが、さすがにここまで新鮮で美味しい物は食べた事が無かった。
(けどもしかしてこれが飲食代?)
梢は急に心配になった。自分は野菜など持っていない。
「大丈夫。お金でいけるから」
「初めて見たらびっくりするよね」
前の席の二人が、梢の考えた事を一瞬で読んだように話しかける。
それにもまた驚いた。いったいこの人達は何者なのかと思う。

梢はこの店に入った時から、もう一つ何か他の場所と違うところがあると思っていた。
大抵の店には普通に置いてあるものが、この店には無い。
その一つがレジだったというのには今気が付いた。
そしてもう一つ、ここには時計が無い。
そういえば外の看板にも、営業時間は書いてなかった。

続ではこちらです











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