最果ての地にて愛をつなぐ⑫ 第7章 新しい居場所 続き

小説 最果ての地にて愛をつなぐ

これまでの話
2019年、主人公の梢は社会人2年目。
コロナ騒動が始まって街の様子は変わってしまい、
勤めていたカフェも以前より暇になった。
梢は、迷惑はかけられないと思って辞めて無職に。
時間だけは出来たので久しぶりに一人旅に出る。
旅先で、民宿に客として泊まったのをきっかけに
ここでバイトを始める事になった。
この地域では、
今の世の中の状況とは全く違う生き方をしている
人達が沢山いた。

小説本文はここからです

第7章 新しい居場所 続き

民宿のバイトを始めて一ヶ月足らずで、梢はここで続けて働きたいと思った。
それを話すと、オーナーの喜一さんも健太も侑斗も、とても喜んでくれた。
今まで男性三人でやっていたので、女性が入った事でバランスが良くなったし、カフェの仕事の経験がある梢は仕事の覚えも早かった。
ここに居ると普段ほとんどお金を使わないので、忘れていても貯まると健太から聞いていたのはその通りだった。
料理はやったことが無かったが、少しずつ覚えていった。
住み込みの六畳一間の部屋は、日当たり風通しがよく、エアコン付きで快適だった。
お客さんが全員入り終わった後で風呂を利用することもできたし、スタッフ用のシャワーもあり、近くに銭湯もあった。
銭湯の経営者家族も、この地域の知り合いだった。
休日でなくても途中出かけたり、四人の中で交代でうまくやっていたので、梢は度々近所を散策してこの地域の事を覚えていった。
旅行で来た最初の日に行ったカフェにも、度々行くようになった。
そこの常連客とも顔見知りになり、今は、行けば知っている人ばかりという状況だった。
他にも、この地域の美容院に行ってみたり服や本を買ってみたり、夜には居酒屋へ行ったりした。
30軒ほどあるこの地域の店を、今では全部知っていた。

京都に居た頃は、今年に入って感染対策がうるさくなるにつれ行きたい場所が減って、暮らしにくさを感じかけていた。
ところがそれがまるで嘘のように、ここでは全てが違った。
世の中で起きているような状況が、ここには存在しない。
コロナ騒動など最初から起きていないのではないかと、ここに居ると思うようになる。
いつか健太が言っていたのを思い出す。
「テレビ見んかったら気が付かんような事って、最初から無いのといっしょやろ」
梢もそれを聞いて、まさにその通りだと思った。
この地域の人達の考え方は皆そんな感じだった。
誰もテレビは見ないし、コロナを怖がっている人はいない。
そして当然のように、皆いたって元気だ。
ただ病気になっていないというだけでなく、生きているというエネルギー、活力が感じられた。
80歳以上の老人でも、ここの人達は皆おそろしく元気だった。

ここでは皆が去年までと同じように暮らしていて、体調が悪くなるような人は誰もいなかった。
世の中全体では、感染対策万全で頑張っていてさえ「感染者が減らない大変な状況」「病院はいっぱいで医療崩壊寸前」という事らしい。
これはどうもおかしいと、ここの人達は皆思っているようだけれど、長々とその話をする事は無かった。
そこに意識を向けたくないという事なのかなと、梢は感じていた。
ただ、世の中全体が変な方向に流されつつあるのは皆知っている。
そこに巻き込まれないよう生活を守っていこうという、意識だけがあるようだった。

梢は、この地域に親しむほど、ずっとここに居たいという気持ちが強くなっていった。
仕事は四人で和気あいあいとやっているので日々楽しく、一ヶ月があっという間に過ぎた。

京都で借りていた部屋を出るのは一ヶ月前に言えばいいので、七月末の時点で電話で退去を伝えていた。
八月の終わりに、三日間休みをもらって梢は京都に帰った。

先に電話で手配していた通り、帰った日の昼に業者が来てくれてベッドや机、電子レンジなどを持った行ってくれた。
全てを粗大ごみとしてでなく、まだ使える状態の物はリサイクルで売っているという業者で、その分引き取り価格も安かった。
まだ新しい物を捨てるには抵抗があったので、いい所を見つけられてよかったと思う。
冬物の布団類は、田舎から出てくる時持ってきたかなり古い物だったのでこれを機会に捨てる事にした。
本や雑誌は一番気に入っている数冊を残して、あとは近くにある古本屋に引き取ってもらった。
荷物は元々少ないので、残った物を段ボール箱に詰める。
段ボール箱三つに収まった荷物は、明日宅配業者に集荷に来てもらう。
引っ越し代すらかからなかった事は本当に幸運だったと梢は思った。
電気、ガス、水道の使用停止を連絡すると、あとはもう急いでやる事もない。
明日家主さんに部屋を見てもらって、鍵を返して終わりだった。
梢は、ゆっくりと丁寧に部屋を掃除をしながら、ここで過ごした一年数ヶ月を思った。
京都で暮らし、働く経験をして本当によかったと思う。
一番良かったことは、あのカフェで働いた経験とそこで出会った人達がいという事だった。



帰ってくる途中の電車の中も京都の街の様子も、そういえば二ヵ月前と何も変わっていなかった。
むしろ感染対策の注意書きの看板は増えているし、うだるような暑さの中マスクをしていない人は一人もいない。
以前よりひどくなったのではないかと思えるような状況だった。
コロナ騒動が始まって間もない頃は、時が経てば収まって普通に戻るのかと梢も思っていたけれど、どうもそれは期待できそうにないというのが見ていてわかる。

でも梢は以前と違って、ノーマスクで電車に乗ったら何か言われるだろうかと怯えるような事はなかった。
周りの状況は変わっていなくても、自分の中で何かが大きく変わったと思う。
世の中がどういう方向に動いたとしても、それと関係ない所で生きている人達が居る。
その人達と一緒にこれからも生きていける。自分には、帰る場所がある。
そう思うと、それ以外の人に何を言われようと思われようと平気だった。
その気持ちでいるとなぜか逆に、すれ違いざま嫌な顔をする人さえいない。
自分が気にしていると、それで色々引き寄せてしまうらしいという事が、梢にも最近分かってきた。

掃除が終わってスッキリしたあと、時計を見るともう夕方だった。
今日は以前勤めていたカフェに行く。
京都を離れて以降も、唯さんとたまに連絡を取っていた。
田舎へ帰るというのが嘘だろうというのは、マスターもママも最初からわかっていたらしい。
気を使って辞めたんだろうと唯さんには話していて、梢はそれを聞いた。
なのでかえって、これ以上嘘をつかなくていいのでカフェへも行きやすい。
梢の新しい就職先の事も、唯さんを通してマスターとママに伝わっている。
それを知って二人が喜んでいたと聞いて、梢も安心した。
唯さんは、一時期よそで就職して働いていたけれど、結局三ヶ月で辞めたと言っていた。
今月からまたカフェに戻っているらしい。

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