小説 色の無い街と夢の記憶 ④

小説 色のない街と夢の記憶

翌朝は自然に早く目が覚めた。
障子を通して差し込んでくる朝日が気持ちいい。
今日も天気良さそう。
洗面所の場所は聞いていたからそこで顔を洗って、土間に行くと誰も居なかった。
畑に行ってるかシロの散歩かなと思う。シロも居ないし。
ここでは皆朝が早いらしい。
だからと言って私に早く起きろとも言わない。そういう所も好き。

庭へ行くと、昔見た時と同じように鶏が居た。
鶏小屋の中に入ってみると、まだ暖かい卵があった。
近くに置いてあったザルを借りて、三個あった卵を入れる。
卵焼きか目玉焼きか、ゆで卵くらいなら作れるし、皆が返ってくる前に作っておこうか。
炊飯器を開けて見ると、ご飯は炊けているらしい。
そう言えばこの炊飯器も、二十年くらい使っていると昨日聞いた。冷蔵庫も洗濯機もそれくらいとかそれ以上とか。うちの近くではまず見かけない形だし、私が生まれる前から活躍している電化製品たち。なんかすごいなあと尊敬の目で見る。
今普通に使われている物はすぐ壊れる。
修理してもらいたくても、買ってから数年経っていたらもう部品が無いとか、新しいのを買った方が早いと言われる。
それ以前に、ほとんどの物をネットで注文して買うから、壊れた時にどこに問い合わせていいか分からない事も多い。
それで結局、壊れたら諦めてまた新しく買う事になる。
その点ここでは、電化製品を度々買わないといけない事も無いんだろうなと思う。

卵焼きを作って、昨日の大皿を出してそれに並べる。同時にお湯も沸かしておく。
重い鉄製のフライパンも、今では見かけないような古い型のガスコンロも、なんかすごく好き。そういえば小さい頃ここへ来た時、おばあちゃんが使っているのをずっと眺めていた。
その事はついさっきまで忘れていたのに、ここに立ったら思い出した。
お湯も湧いたから、勝手に急須を使ってお茶を入れた。
昨日の残りの味噌汁の入った鍋が、冷蔵庫にあったから温めて、朝ご飯の用意が出来た。

皆んな帰ってきてから味噌汁をお椀に入れようかと思っていたら、ちょうどいいところに、おじいちゃんもおばあちゃんも帰ってきた。
そういえばここって電子レンジとかオーブントースターとか何にも無いけど、ちゃんと朝ご飯ができる。
家ではお父さんもお母さんも忙しいから、レンジフル活用だったけど。
ご飯用意しといていいか、おじいちゃん達にスマホで連絡しようという気にも、そういえばならなかった。
おじいちゃんもおばあちゃんも多分持ってない気がしたし、私もここに来てからスマホの存在を忘れていた。夜のうちに一応充電だけはしたけど、来てから一度も触っていない。

思っていた通り、畑での作業とシロの散歩は朝の習慣らしい。
取ってきたばかりの野菜を、すぐに洗って食べる。
味噌汁がなくなったら、適当に野菜を切って新しい味噌汁を作る。余った分は漬物に。
それに鶏小屋から取ってきたばかりの新鮮な卵。お米もこの辺りの農家さんの田んぼで作ったものだと言うし、本当に美味しい。
レストランで高いお金を払って豪華な食事をするよりも、何もかも新鮮で大して手を加えなくても美味しい、こういうご飯の方が私は好き。
普段は朝そんなにお腹が空かないのに、今日は朝からご飯二杯食べた。

「これから野菜売りにいくけど行くか?」
朝ご飯が終わった時、おじいちゃんが聞いてくれた。
「行きたい!」
私は即答した。畑に野菜を取りに行くのも好きだけど、売りに行く方も前から興味があった。すごく楽しみ。
おばあちゃんが洗い物と洗濯をしている間に、私はおじいちゃんを手伝って野菜を積み込んだ。軽トラックの荷台に、ダンボール箱に入った野菜を積んでいく。値札の入った袋と釣り銭の入った鞄を持って、私は助手席に乗り込んだ。

売りに行く場所までは車で15分くらいで、後からおばあちゃんもバイクで来てくれるらしい。
ちょっとした広場のようになっているその場所では、先に来てすでに店開きを始めている人の姿があった。数人のグループもいれば、一人、二人で来てる人もいる。でも大きな規模の店は無くて、多くてもせいぜい数人の小さなお店がいくつも並ぶらしい。
野菜、果物、米、自家製の加工食品、菓子など、売っている物はさまざまなだった。
野菜に値段を付けるのを手伝っていると、早くもお客さんが来てくれた。
「おはよう。ちょっと見せてな」
「どうぞ。いらっしゃいませ」
私は値段を付ける手を止めて、お客さんが野菜を見やすいように横へ退いた。
「これ2つと、あとこれもちょうだい」
「ありがとうございます。350円になります」
「そしたらこれ、ちょうどな。ありがとう」
「ありがとうございました」
野菜はそのまま手渡し、お金も扱うのは現金のみ。現金という物を見たのが久しぶりだから、何か新鮮。私が小学校の頃には、そういえばまだあった。

おばあちゃんも途中から来てくれて、三人で対応したけどけっこう忙しかった。
行ってから約二時間ほどで、持って行った野菜は、ほとんど売り切れた。ほんの少し残っている分は家で食べるらしい。
仕事が終わったら他の店を覗いて、お菓子、パン、道具類を少し買った。

「若い子が来てくれたら活気が出て、今日はいつもより早う売れたわ」
「ほんまやなぁ。助かったわ」
おじいちゃんもおばあちゃんもご機嫌だった。
「私も楽しかったよ!また行きたい!」
これは本音だ。
お客さんと直接話して、野菜を渡して、現金でお金をもらう。
そのやり取りがとても楽しかった。

これが自分が作った野菜だったりしたら、嬉しさが何倍にもなることは簡単に想像できる。もちろん野菜作りは簡単じゃないと思うし、私がまだ知らない苦労もあると思うけど。それでも、自分が作った物を自分で売りに行くという、こういう仕事の形はすごくいいなと思う。

これが学校にバレたら大変な事になるけど・・・まあこんなところまで調べに来ないだろうし。
街中は監視カメラだらけだし、顔認証システムで、何処に行って何をしていてもすぐにバレる。
アルバイトをしていて見つかったら一度目は停学処分だし、繰り返せば退学。犯罪者予備軍という事でリストに載ってしまうし、仕事も自分で選べなくなる。
仕事を選べないのは、何事も無くいってもそれに近いわけだから、大して変わらないのかもしれないけど。
せっかくここに居ていい気分なのに、学校の事が頭に浮かぶと途端に気が重くなった。
今は考えないようにしよう。考えたところで、今どうしようも無いし。

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