小説 色の無い街と夢の記憶 ②

小説 色のない街と夢の記憶

チャンスは夏休み。
もうすぐだ。
夏休みに家には帰らないと言っても、そんなにあやしまれることも無い。
帰るとなると遠いから新幹線代もかかるし、夏季講座を受けるとか、こっちで勉強すると言えばいいか。
それくらいの嘘はついてもいいかなと思う。
おじいちゃんおばあちゃんの所へ行きたいとそのまま言えば、それなら家に帰ってきなさいと言われるに決まっているから。
何でおじいちゃんおばあちゃんは一緒に暮らさないのかと、聞いてみたことはあったけど。「二人とも年取ってるから。どんどん便利になっていく今の世の中についていけなくて田舎に残ることにしたらしいのよ」というのが、お母さんから聞いた返事だった。
何年前だったか、おじいちゃんおばあちゃんの居る田舎に行きたいなと言ってみたこともあったけど「今は何かと忙しいから。またそのうちね」と言われて終わった。
私はこれを聞いて感覚的に「そのうち」は永遠に来ないかもと思った。
実際あれから何年も経ったことを思うと、あのカンは当たっていたと思う。

「どんどん便利になっている」その言葉を頭の中で繰り返してみる。
「便利」ってなんだろう。
何を指して「便利」って言うんだろう。
「田舎に行きたければ自分の部屋でいつでも体験できるでしょう」とも、お母さんは言う。たしかにVRでもその体験は出来る。
学校の他の子達も皆んなそうしてるみたいで、その話題も多い。
私も一度体験してみたけど、でも何かやっぱり違う。
広がる景色とか、そこに立っている感覚とかすごくリアルなんだけど、でも違う。
夢に出てきたあの感覚は、これじゃなかった。
地球と繋がっている感じ、体ごと呼吸しているようなあの感じは、VRでは得られなかった。VRで体験できるのに、わざわざ遠い所まで行こうとするのは「時間を有効に使えていない」事だと学校でも言われるけど。
行き先を自分で探して、自分の体で移動して、そこで体験することって本当に「ただの時間の無駄」なんだろうか。
私はそうじゃないと思う。

だから、自分の直感に従ってみる。
行きたい田舎のことを毎日SNSで呟いていると、反応をくれる人がちらほら出てきた。
ここじゃないかという画像をリプ欄に貼って送ってくれたりする。
その中の一つで、画像を見た瞬間にハツっと閃いたものがあった。
何でそこまではっきり断定出来るのか自分でもわからないけど、ここに違いないと思った。地図で確認するとその場所は、京都のかなり端の方。
観光で人が訪れる範囲、街中を中心とした京都市内の地図を見ても、載っていないような場所だった。
小さい子供の頃に行ったおじいちゃんおばあちゃんの家がこの地域だとすると、画像を見て惹きつけられるものがあったのも分かる。
懐かしさなのかもしれない。
地域名と村の名前も、写真も画像の下に書いてあった。
漢字だから一瞬繋がらなかったけど、頭の中でひらがなに直してみると、たしかにこれは何となく記憶にあった。
この地域名戸、村の名前。
ここへ行く時、お父さんかお母さんに聞いた覚えがある。
ここまでわかってくれば、とりあえず行ってみたら何とかなりそうな気がする。新幹線は高すぎて無理。
夜行バスで行こう。
朝京都駅に着いたら、そこからはまたバスが出ているはず。
途中で乗り換えはあるかもしれないけど。
夏休みにあの場所へ行けるかもしれないと思うと、好きじゃない学校生活も何とか乗り切れる。


バスに乗るまでは少しドキドキしたけど、特に何も言われなかった。
せめて高校生以上に見えるように、持っている服の中から出来るだけ大人っぽく見える物を選んだ。
帽子を深めに被って、顔をはっきり見られないように気をつけた。
高校生以上の年齢に見えれば、数は少ないけど中卒で社会人だって居るし。
ちょっとの違いだけど、中学生が一人で夜行バスに乗っているというと、家出と間違われる可能性もある。
親も承知してくれている旅行だったら、聞いてみてもらえればすぐ分かることだからいいけど、今回内緒だからそういうわけにもいかない。
バスに乗って間もなく、車内の照明が全部消された。
あとは、このまま朝まで乗っていれば眠っている間に京都に着く。

シートを倒しすぎると後ろの席の人に悪いし、座ったまま寝ないといけないから決して寝心地がいいとは言えない。同じ姿勢で膝も痛くなってくる。
もういいや寝れなくてもと思って、起きて窓に寄りかかっていると、いつのまにかぐっすり眠っていた。
「間もなく京都に到着します」というアナウンスで目が覚めて、外を見るとすでに明るくなっていた。
早朝6時。開いているのはコンビニくらいだ。
イートインスペースがあれば入ろうかと思ったけど、外から見たところ多分無さそう。
ここから乗るバスが出るのはもう少し後だったと思うから、地下鉄で行ける所まで行こうか。
観光地に興味はないし、この辺りでウロウロしていても仕方ない気がする。

地下鉄から乗り換えて、市バスより少し小さめのこのバスに乗って、1時間半くらい経っただろうか。
賑やかな市内から離れて、どんどん山の方へ入っていく。
おじいちゃんとおばあちゃんが住む家のはっきりした住所は分からないいけれど、地域名と村の名前から、こっち方面で間違いないと思う。
窓の外の景色を見ていても、何となく見覚えがあるような気がしてきた。
道幅がだんだん狭くなり、大きくカーブしながら山沿いを走って行く。
「落石注意!」の文字が所々にあってけっこう怖い。
「注意」も何も落ちてきたら避けようが無いんじゃなうかと思う。

子供の頃は、家のすぐ近くまでバスで行ったような記憶があるけれど、今はそこまでバスが通っていないと思う。
乗る人が少なくなって、こっちまで来るバスは無くなったというのを、来る前に調べておいた。
途中からは歩くしかない。
しばらくすると、山深い所を抜けて、道幅が少しだけ広くなり視界が開けてきた。
村落のような形で家が何軒か、かたまって建っている。
夢に見た茅葺き屋根の家も見られる。
間違いない。
やっぱりここだ。
小さい頃、バスの窓から見た景色はこれだった。

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