小説 色の無い街と夢の記憶⑥

小説 色のない街と夢の記憶

学校が始まっても、なかなかテンションが上がらなかった。
学校は元々好きじゃないけど、学校以外の世界を知った後では、今まで以上につまらないと感じてしまう。
とにかく色んな事を大量に暗記しないといけないし、意味不明な規則が沢山ある。
数学では、日常でこんなの使うのかと思うような難しい計算問題が出てくるし、歴史と言えば年号と人物の名前と事件の名前を大量に丸暗記しないといけないし・・・・
これを頑張ったら、評価が高くなっていい大学に行けて、いい仕事に就けると言うけど。

いい仕事って何?

言われた事を一生懸命覚えて、一生懸命規則を守れば評価は高くなる。
守らない人を許さないという強い気持ちを持って行動していれば、さらに評価は上がる。
だけど私は、そんな評価は別に欲しくない。

読み書きが出来たり、ちょっとした計算が出来ることは、生きていく上でも役立つと思う。だけどそれ以上の事って、そんなに使う?
学歴が必要な仕事に就く人にとっては、要るのかもしれないけど。
私にはどんな評価と診断が下されるんだろう。
それよりもまず、どんな仕事に就くかを何でAIに決められるんだろう。
人間の判断と違ってエコ贔屓とかが無い、素晴らしいシステムと言われているけど。

こういう事って全部、本当に要る?

色々疑問に思いながらも、それでも何とか頑張って学校に通い続けた。
時間できっちり管理されている寮での生活も、時間を守って周りに迷惑をかけないように淡々と頑張った。
それでも、遂に限界がきてしまった。
秋から冬に入る11月の始め、私は学校に行けなくなった。
朝、起きなければと頭では思っているのに何故か体が動かない。
何で起き上がれないのか自分でも分からない。

もしかして何かの病気なの?

寮の先生が来て、それからお医者さんが来た。
微熱はあるけれど特に大きな異常は無いと診断された。
数日様子を見てまだ起き上がれないようだったら、大きい病院で一応検査してみるということだった。
お父さんお母さんにも連絡が行ったみたいで、心配して電話してくれた。
私は大丈夫だけど、何で起きられないのか分からないと伝えた。
それが本当の事だから。

起きられないし何もする気がしないから、とりあえずそのまま横になっていた。
そしたらいくらでも眠れるし、次々と色んな夢を見た。
一旦起きた時はその内容を覚えているけど、もう一度寝て起きたらすでに忘れている。
それからまた新しい夢を見る。
今日最後に見た夢は覚えていたけど、ずいぶん奇妙なものだった。
その夢を見た後、私は内容をスマホにメモしておいた。忘れないうちに。

夢の内容はこんなものだった。
雪山を猪が走っている。
それを見ている自分が居る。
いつの間にか猪に自分の意識が移っている。
自分が猪で、雪山をひた走っている。
寒さは感じない。
気持ちがいい。
森の中へ入り、木立の間を抜ける。
目に映るのが雪景色から、いつのまにか緑の多い景色へと変わった。
樹齢数百年か千年かと思う大木が沢山観られる。
大きく枝を伸ばした木立の間から、太陽の光が降り注いでいる。

今度は、大木の一本と意識が繋がる。
私は木になったらしい。
猪が向こうへ走っていく。
私はその姿を見つめている。
地面から吸い上げられた水が、体の中を巡っていく。
ザーザーと音が聞こえる。
天に向かって大きく枝を伸ばすと、風が私の体を揺らす。
それもとても心地いい。
私は地球と繋がっている。

枝に一羽の鳥が止まった。
私の意識は、今度はその鳥の中に移動した。
枝を離れ、空高く飛び上がる。
どんどん高く。
遥か上空から見下ろした大地は、緑に覆われている。
川が流れているのも見える。

そこから今度は少しずつ高度を下げていく。
街並みがはっきり見えて、ビルの屋根が見える。
え?通り抜けた?
ここって建物の中?
誰かがベットで寝ている。
誰か・・・これって、もしかして私?
見慣れた寮の部屋、ベッド、寝ているのはやっぱり私。

でも今私はここにいる。
どういうこと?
今の私は何処にいる?
鳥でも人でもない?
私らしき意識が、部屋の天井くらいの位置から私の肉体を見下ろしている。
その次に私の意識はぐるぐる回り出した。
上にいる私か寝ている私か、どっちが回ってる?
回りながら、どんどん下に落ちていく感じ。
ドン!という衝撃があって、目が覚めた。

私の体はここにあって、意識もここにある。
どこも痛く無いし体は何とも無いけど、何かすごく怖かった。

それから後も眠ったり起きたりしながら結局丸一日経ったけど、あの夢を見たのは一度きりだった。
もしかしたら何度か見ていても覚えていないだけかもしれないけど。
あの感覚は、今でも体の中に残っている。
回りながら落ちていく感じ、あの衝撃。
自分が自分を見下ろしているという奇妙な感覚。
夢にしてはものすごくリアルだった。

次の日になっても、何となく自分の体が自分の物ではないような、変な感覚が残っていた。これって昨日の夜の事と関係あるの?
今日も起きられない事はまだ続いているし、食欲もないから食べ物は要らない。
寮母さんが来てくれたけど、それを伝えて今日もとりあえず寝ている事にした。
やたらと眠いし、何もしていないのに疲れている感じ。
眠ったり起きたりを繰り返しているうちに、あっという間に夕方になり夜になった。
時間の感覚が無い。
今日はあんまり夢は見なかった。
見なかったんじゃなくて、見ても覚えてないだけかもしれないけど

昼間ずっと寝ていたからか夜になると、らんらんと目が冴えてきた。
あの夢とおかしな感覚の事を、誰かに話して聞いてもらいたいけど・・・
夏休み以来、田舎で知り合ったサキちゃんとは時々連絡を取り合っている。
おじいちゃんおばあちゃんとも、たまに電話で話すようになった。
学校では当たり障りない話しかしないことにしてるし、聞いてもらうなら迷い無く田舎の誰か。
夜10時だし、おじいちゃんおばあちゃんはもう寝てるかも。
私はサキちゃんに連絡してみることにした。

ラインに、昨日の夢のことを書いて送る。
サキちゃんなら、この時間余裕で起きてるし普段からやり取りしてるから遠慮は要らない。都合が悪ければ明日見てくれると思うし。
返事は別に急がないと思ってたけど、すぐ返信が来た。
私が経験したのは幽体離脱というものかもしれないということだった。
サキちゃんも子供の頃経験があるし、そんなに珍しい事でもないらしい。
人間の本体は意識体で、肉体は言ってみれば借り物のようなものだから。
何かの拍子に離れることもあるらしい。

元々は意識体である存在が、肉体を持つという体験をしたくて物質化して、肉体という乗り物に乗って遊んでいるような感じ。
真実は、たった一つの意識エネルギーから分かれたエネルギーがそれぞれに個性を持って様々な体験をしている。
人間も他の存在も、元々は一つの意識から分かれた個性のエネルギー。
という事は本来は上も下もない。皆んな同じ存在。
サキちゃんの話は突拍子もないけど、何故かスッと入ってくるし、なるほどと腑に落ちる。矛盾を感じないからかな。

おじいちゃんおばあちゃんも、少し視点は違うけど結局は同じことを言っていた気がする。肉体は借り物みたいなものだから、この人生という体験を終えたら土に帰る。
それが循環。
それでも自分が存在するという意識は無くならないから、死ぬという事は消滅ではなくて、今の自分としての体験が終わるだけ。
そのキャラで遊んだゲームが終わるようなもの。
だから今、生きているうちにこの体験を存分に楽しめばいい。
そんな話を沢山してくれた。
おじいちゃんもおばあちゃんも、たしかに人生楽しんでる感じ。

そういえばあの地域では、子供も若い人もお年寄りも皆んな元気で生き生きしている。
持病が沢山あって病院通いしてる人とか、寝たきりになる人、認知症になる人は居ないらしい。
なので、そういう事関連のビジネスも無くて、もっと普段の生活に必要な品物やサービス、衣食住の暮らしを彩るものが充実している。

本当は、この肉体を持って体験する一度きりの今の人生を、自分好きなように生きられるはず。
何一つ自分では決められない、決めてはいけない、そこから外れるとと恐ろしい事が起きると教えられてきた今までの事は、真実ではなかったのかも。
それを思うと、生まれて初めて、生きている実感というのか大きな喜びが、胸の奥底から湧き上がってきた。
田舎へ行ってみて分かった。
私が欲しかったのは、ああいう暮らしなんだと思う。

続きはこちらです。

タイトルとURLをコピーしました