小説 色の無い街と夢の記憶⑤

小説 色のない街と夢の記憶

毎日家で使うために畑に野菜を取りに行って、ご飯の支度や片付けを手伝って、シロの散歩に行く。
うちの畑で収穫した野菜は、自分達が食べる分以外は車に積み込んで売りに行く。
私もついて行ってそれを手伝う。
これが全部、ここに来てからのから日課になった。今までに感じた事がないくらいに、毎日が楽しい。

街中で暮らしている時は、自分の食べ物というのがどこでどんな風に作られて、食卓に上がってくるのか知らなかった。
小さい頃の遠い記憶に、少しだけ残っていた事が夢に出てきたみたいだけど。
実際ここに来るまで、多くのことを忘れていた。
今回来なかったら。きっと忘れたままだったと思う。
学校や寮での食事は、不味くはないけどいつも同じ味だった。
一年中同じような物が出てくるし、季節ごとに違う作物が出来るという事さえ、学校では教えてくれない。
そんなことは知らなくてもいいという事なのか?
私としては、すごく大事なことだと思う。

ここの食べ物は、学校給食や寮で出てくる物とは全然違う。
卵の大きさも違うし、卵の黄身だって大きかったり小さかったり、野菜は曲がってたり大きさが違ってたり虫食いがあったり。
形は悪くてもすごく美味しいし、それに何というのか、食べると何故か元気が出る。
夏休み前までは、時々目眩がしたり頭痛がしたり、体がだるい時もあったし少し長く歩くとすぐ疲れてたのに。
ここに来てから何だか分からないけど、ずっと調子がいい。
田舎だから空気がいいのか、あとはやっぱり食べ物かなって思う。

「おつかれさま」
今日も野菜はほとんど売り切れて、片付けをしていたら若い女の人が声をかけてくれた。
「おつかれさま」
私も振り向いて挨拶を返した。
ここでは、知らない人同士でも普通に挨拶を交わす。
「この前から何回か来てない?」
「はい。今夏休みなんで」
「うちの孫や」
おばあちゃんが言ってくれた。
この女の人は、うちのおじいちゃんおばあちゃんとは知り合いらしい。
おばあちゃんは、私が夏休みで家に遊びに来ていて色々手伝っていることを話してくれた。
「若いのに珍しいなあ」
女の人はそう言った。
言われる通りたしかにここは、若い人が少ない。
「あんたも若いやんか」
おばあちゃんがそう返した。
「まあそうやけど。私らの他にはあんまり若い人おらんし」
二人の会話が聞こえてくるので、片付けが終わった私も割って入った。
「こういうことってめちゃくちゃ楽しい。私は学校より好きかも」
「嬉しいこと言うてくれるやろ」
おばあちゃんは女の人に向かってそう言って、本当に嬉しそうに笑った。
「若い人が増えるのはええことやわ。けど夏休みの間だけか」
女の人はそう言った。
「ほんとはもっと居たいけど。学校が始まったら帰らないといけないし」
「帰らないといけない?帰りたいやなくて?」
一瞬、何を聞かれたか掴めなかった。
そうか。私は帰りたいわけじゃなかったのか。
「うん。帰らないといけない。帰りたい・・じゃないと思う」

家に帰ってから、おじいちゃんとおばあちゃんが、さっき会った女の人のことを教えてくれた。
18歳というから、私と年はそんなに変わらない。
高校へは行ってないらしいけど、行ってたとしたらまだ高校生なのに、すごくしっかりしてて大人っぽく見えたから20歳くらいかと思っていた。
あの人には彼氏が居て、その彼氏は両親と一緒に数年前にこの村に移住してきたということだった。
一人旅をしていた彼女と知り合って付き合うようになって、それから彼女がここに移住してきて2年くらい経つらしい。
2年前というと16歳だったわけで、今の私と1つしか違わない。
どんないきさつだったのかわからないけど、その年でそれほどの決断ができるってすごいと思う。

「10年ぐらい前まで、この辺は人が減るばっかりやったしなあ」
「新しい人が来てくれて活気が出るのは有り難いわ」
おじいちゃんもおばあちゃんも、人が増えるのは嬉しいらしい。
あの女の人の名前はサキちゃんで、彼氏の方はマサヤ君だと、おばあちゃんが教えてくれた。
「あの人らが引っ越して来はったんは、たしか5年ぐらい前やったかなあ。ダンナさんの方は陶芸家さんで、奥さんの方はハーブとかなんかいう植物作ってる人やわ」
「その人達が、マサヤ君って人の親なんだね。そういえば、売ってる品物もそういう物だったよね。小さい鉢で色々あって、あれ多分ハーブだよね」
「そういうのはあんたの方が詳しいやろ。私は普通の草と何が違うんかあんまり分からんわ。あそこの家は子供はもう1人、たしかお兄さんがおる言うてたけど街に出てて、今は下の子のマサヤ君だけみたいやわ。下の子言うてももう20歳にはなってたと思うけど」
「マサヤ君は大学生なの?」
「お父さんの仕事一緒にやったはるし大学は行ってないやろ」
「そこにサキちゃんっていう女の人が旅行で来て知り合って、今は一緒に住んでるの?」
「そうみたいやな」
「旅行で来てそのままってすごいね!」
私は思わずそう言った。
これは悪い意味じゃなくて、その決断力とか行動力を尊敬するという意味。
もし自分だったら、その思い切りがあるかどうか・・・
最近では特に、これからのことを思う。
中学校生活ももうすぐ終わりだから。
悩みたくないから考えないようにしていたのかもしれない。
中学を卒業したら、当然のようにこのまま高校へ行って、AIに決められた大学に入ってAIに決められた仕事をするために会社に入って、適当な時期が来たら結婚して・・・
という「人生の流れとはこうあるべき」と決められた通りに生きていく。
小さい頃から何となくそういうものだと思ってきたし、それ以上考えたことも無かったけど。
一体いつからそんな風に決まってて、誰が決めたんだろう。
ここには、自分の思ったように決めて、どうしたいのか自分で選んで人生を生きている人がいるらしい。
サキちゃんって女の人の話聞いてそう思ったけど、考えてみたらおじいちゃんもおばあちゃんも好きなように生きてるし・・・
おじいちゃん達の頃は、もしかして皆そうだったの?

続きはこちらです。

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