メディアの情報も周りの人の様子も見なければ 以前と何も違いはしない

自営業者の日常雑記

この騒動が始まってから3年目に入った。
仕事上、人と話す機会は多い方なので
どんな感じでこの事を受け止めている人が
いるのかなど知る機会はある。

テレビで言われている内容を
綺麗にそのまま信じていて、
感染者が増えた減ったと一喜一憂。
もし感染したら人に迷惑をかけると
恐れている。
「今年はコロナが終息しますように」
が口癖。
という人がやっぱり多い。
けれど以前のように、
「コロナにかかったら重症化するか
死ぬしかない」と恐れている人は
減った感じ。
その理由として
「ワクチンができたから安心」
と思っている人は多いけど。

最初からテレビ見ないし
表で言われている事は何一つ
本気にしない方としては、
世の中の流れはこうなんだ・・・
ぐらいしか思わない。
何も変わらない日常をずっと生きている。
自分以外でも、お客様や知り合いで
テレビ観ない人は大抵こんな感じ。

周りの状況によって自分の人生が
変えられてしまうのではなく、
そこに意識を向けなければ
いくらでも自分ペースで生きられる。


メディアを通じてから伝わってくる情報が、本当のところどうなのか何も考えず、ひたすら信じて行動するのは危険。
知らないうちに自分の意思からではない行動をさせられてしまう。
自分の思考とそこからの行動が
自分に意思によるものかどうか。

それを常に確認するのが大事。

何を選んだとしても、それが紛れもなく100%自分の決断なら、表面上望む結果でなくても不思議と気持ちはスッキリしているはず。

いつまでも不満が残りモヤモヤする時は大抵、外からの情報、周りの雰囲気に流されたり、人の顔色をうかがって自分のハートに素直じゃない決断をしてしまった時。

ちょっとぐらいの不調なら、
今ゆっくり寝たいと思うなら
気が済むまで寝る。

何が食べたい?
それとも要らない?
自分の体に聞く。
それだけでほぼ治っていく。

治してくれるのは
病院でも薬でもない。

自分の体が治し方を知ってる。

これが生き物の本来の姿のはず。

それが病院に行って検査したら
病名が付いて途端に病人に。
入院させられたり隔離されたり
周りの人にまで迷惑が及び、
本人は嫌な思いをし
いつまでも罪悪感にさいなまれる。

去年一昨年は、
検査で陽性になっただけで
解雇されて路頭に迷う人や、
責任を感じたり嫌がらせに耐えきれず
自殺する人も出ていた。

コロナを本気で恐れている人からすると
これは「仕方ない」という感覚のようだけど。

私にはその感覚は無いので、病院には行かない。近寄らない。

ブログ、Twitter、ユーチューブの発信も
ただ言いたい事を言ってるだけで、
誰かを説得したい気持ちは無い。
ただ「考えの違う人は離れてね」という意味で
自分の考えをはっきりさせるのは、気持ち良く生きるコツでもある。


人間も動物も体の中に菌は沢山いるし、
表皮にもいる。
それと共存して、
太古の昔からずっと生きてきた。
菌を排除しようと除菌ばかりしていたら、
健康に良くないことは明白。

マスク着用、消毒、人と距離を取るとか
感染しない(病気にならない)ためには
外から来るものを防ぐ事が最重要という
発想にまず疑問。

病気にならないためには防ぐ事よりも、
自分の体の中に備わっている免疫システムに
最大限働いてもらうことが有効。

「無症状感染」という謎の日本語が
一昨年から突如現れ、
「無症状が一番危ない」
というのが新しい常識になった。
「感染」という状態を指す定義が、何の説明もなくそれまでと一変。
感染という定義自体も根本から違うけど、それをとりあえず置いておいたとしても、症状が出て初めて「感染」だった今までの定義はいつ消えたのか。

「自覚症状なく健康な状態が一番危ない」
って意味不明。健康な人が病気を撒き散らして
それで皆んなが危険???

これが証明された事は一度もないし 、
最近になって急に言われ出した事なのに。

今ではほとんどの人にとって
これが当たり前の真実として定着しているし、
全くおかしいと思われていない謎。


緊急事態条項って、
緊急事態宣言の内容の項目まとめだと
思ってる人もけっこういるけど・・・
どういう内容で、
それが制定されたらどう変わるのか
テレビで詳しくは絶対言わないから
こういう認識になる。

表に出ていることは広めたい内容、
広めたくないことは報道しない。

周りを見て何となく合わせるのでなく、
疑問に思ったら自分で調べて、
自分の感覚に聞いて、
本当に納得することのみ取り入れると
気持ちよく生きていける。

日本酒

熱い目のお風呂

冬野菜

発酵食品

体をあたためて

体温を上げて

免疫力も上げていこう

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