
エピローグ
「じゃあ中学校出てすぐに田舎へ行ったの?一人で?」
古新聞を広げた上でジャガイモの皮を剥いている私の前には、今年で六歳になった優香ちゃんが座っている。
この子は何に対して好奇心旺盛で、興味津々の様子で色々聞いてくる。
こんな年寄りの話が、子供にはかえって新鮮なのか、けっこう面白いらしい。
「そう。それまでにさっさと物もまとめて、卒業式終わったら速攻で寮出たわ。最初のところには五年くらい居て、それからここに引っ越してきて、気が付いたらずーっと居るような感じやなぁ」「ほんと?!すごーい!」
優香ちゃんは、興奮気味に叫んだ。
元から大きな目が、さらに見開かれてまん丸になった。
優香ちゃんは、私の古くからの友人であるサキちゃん夫婦の孫娘だ。
私は、遠い過去をぼんやりと思い出しながら話した。
「最初の引っ越しから数えたら、もう五十年も前の話や」
「五十年!すごい大昔やね!その頃って何歳やったん?中学校出た時って・・・」
「十五歳やな」
「十五歳かぁ。まだまだ遠いわ」
優香ちゃんから見ると、十五歳は十分に大人の年齢に見えるらしい。
今振り返ってみても、不退転の決意のような大袈裟なものはなかった。
最初は両親の賛成を得やすい、比較的実家から近い場所の田舎へ引っ越し、数年後、やっぱりすごく好きだと思ったこの場所に引っ越してきた。
二度目の引越しの時は、私がもう大人の年齢だったのもあって両親も反対することなく好きにさせてくれた。
「これ全部ここに入れといていい?」
「そうそう。かしこいなぁ。助かるわ」
「いつでも手伝うし。言うてな」
剥いたジャガイモの皮を集めて片付けながら、優香ちゃんはちょっと得意げな表情になった。。
私は結婚もしなかったし子供も孫も居ないけれど、近所の子供達がよく遊びに訪れる。
彼らはどこの家へも好きに出入りしているし、何となく地域の皆んなに育てられている感じ。
だから子供が多くてもお母さんだけが大変になることはないし、逆に自分に子供が居ない人も子供と接する経験ができる。
私もそれを楽しんでいる一人。
隣に住んでいるサキちゃんの孫は特によく顔を出してくれる。
家の前の庭で花や野菜の手入れをしている時、掃除をしている時に、よく子供達が遊びに来る。
子供というのは好奇心旺盛で、その辺に落ちている木の枝でも葉っぱでも木の実でも、何でも使って遊びを始める。
家の前で干し柿の準備をしたり梅干しを作ったりしていると、私がやっている作業を見ては「それ何?」と聞いてくる。
教えてあげると喜ぶし、手伝ってくれるからこっちも助かる。
そんな作業をやりながら、昔の話しを聞くのもけっこう好きらしい。
今は大きな変化というのはあまり無いから、私達がここに来て暮らし始めた頃の、世の中の動きに興味があるのかもしれない。
私達が戦争を知らないように、この子達はあの時代の激動を知らない。
知らない方がいいのかもしれないけど。
私がいつ頃からここに来てどう暮らしてきたかなどは、話しても差し支えない事だし、聞かれたら話す。
あの頃、巨大な刑務所のようになっていく世の中から離れて、私はここでの暮らしをスタートさせた。
一人一人に割り振られた番号で、全てが管理される。住所、性別、生年月日、学歴、学校での成績、素行、職歴、職場での評価、収入、家族構成、病歴。
現金でのやり取りが消えて、お金はネット上に存在するただの数字になった。
誰かどこで何を買って、どこへ行って、誰と会って、何に興味を持っているかまで、すぐに調べられてしまう。
信用スコアというものがあって、それによってランク付けされるシステムも完成していた。
中央政権に対して反対の意見を持つ人は、たちまちランクを下げられ、何かあればすぐに口座を凍結される。
信用スコアから判断して将来犯罪を犯す恐れがあると見られればすぐに予測逮捕。
そういう人達がどうなったか、誰も知らない。
幼い頃微かに記憶にあった個性的な店はどんどん閉店していき、中小企業は倒産が相次いでいた。数社の大企業だけが勢いがあり、他の会社はそこに吸収合併されるか、傘下に入って下請けの仕事だけをするようになった。
私達が行く学校も職業も全部AIが決めるし、仕事の種類もいくつかの大企業の関連に限られていた。
食糧は完全配給制に移行しつつあったし、あの後多分そうなっていったと思う。
一般庶民にとっては、人間よりAIの方が上にいる世界。
それが一番進んでいて便利で素晴らしいシステムと言われていた。
実際、ほとんどの人にとってはそうだったのかもしれない。
これから先の長い人生を、この場所で生きたくない。
あの頃、子供ながらにそう思っていた。
祖父母は随分前にもう亡くなったけれど、私に多くのことを教えてくれた。
そういえば私もそろそろ、私がここに来た頃の祖父母の年齢に近くなってきた。
あっという間の数十年といえばそうだけど、中身のぎゅっと詰まった実り多い数十年だった。
今もまだ元気で、だけどいつ命が尽きても惜しくないくらい日々楽しんでいる。
この場所に来て、暮らして、初めて「私は今生きている」と実感した。
両親や兄や姉とは、いつのまにか疎遠になって会っていないけれど、元気に暮らしているだろうかと時々思い出す。
住む世界は違っても、それぞれが自分の好きな場所で、自分の選んだ体験が出来ればいいと思う。
気が向いた時に少しずつブログやSNSで、ここでの生活のことを発信続けてきてきた。
計画性も何も無かったけど、いつの間にか気がついたら多くの人が見てくれるようになっていた。それをきっかけに知り合って後に親しくなった人も沢山居る。
発信できる内容に対して規制が多くなってからは少しずつインターネットから離れていき、今は時々思い出しように発信する程度だけど。そこで始まった人間関係の方は、インターネットから離れても変わらず続いている。
ここでは人間以外にも、動物達や虫達もよく遊びに来るし、何となく共存してる感じ。
この村では家に鍵をかける人すら居ないけど、物騒な事件などは起きたことが無い。
鍵もかけず家の前に放置でも、自転車やバイクが盗られたといった事すら起きないし、いたって平和。
この辺りに住んでいる人同士皆んな顔見知りだから、見慣れない人が来ればすぐに分かる。
そういう雰囲気なのが訪れた人にも伝わるのか、良からぬ目的で下見に来た人にとっては入りにくい場所になっているのかと思う。
ここに住んで数十年、事件とか事故とは無縁の人生を生きてきた。
ここに来る前に世の中全体がどうだったか、その記憶はあるけれど・・・今はあまりにも遠すぎて、たまに見ることがあってもスクリーンの中の出来事のように現実感が無い。
あの世界に足を踏み入れることは、これこら先もきっと無いと思う。
第一話はこちらからです
