特に2020年あたりから
「努力義務」という言葉が突然出てきて、
日常の色んな細かい事まで
いちいち言われ始めた。
「義務」とついているからには、
そうしないといけないのかと思う人も多い。
あとになって「強制じゃ無かったの?」
という事が多すぎ。
コロナ騒動全盛期ころの、マスク、アクリル板、検温、消毒、外出や営業や移動や人の集まる行事の自粛、ソーシャルディスタンス、ワクチン接種なんかも酷かったけれど、それに便乗するかのように他の決まり事までどさくさに紛れて増えていった。むしろそうする事が主目的で、監視社会に慣れさせるための布石だったと思うけど。
実際に強制になった事もあるし、これから先、憲法改正、緊急事態条項追加で、もっと強制力を強めようという動きもある。これが少しバレ始めたから、最近では名前だけ変えてきたりしているいつものパターン。そういえばマイナンバーカードも、セキュリティが脆弱過ぎるとイメージが悪くなってきたからか名前変えてきてるし。
何でも、強行しようとして抵抗が出ると、少し期間をおく、名前を変える、時にはその両方というやり方、もしくは目立たないように密かに法案を通すなどで結局は実行する。
そこにいつまでも期待して、
「いつかきっと良くなる」とか
「リーダーが他の人になればきっと良くなる」
と思っていても仕方ないと思う。
今の状況が好きという人はそのままでいいと思うけど、
「好きじゃないけど変わってくれないかな」
という期待は多分空しい。
そこに乗りたくなければ、離れるしか無いと思う。
自分の記憶にある範囲の数十年前を振り返っただけでも・・・
今ほど細かい決まりは無かったし、「努力義務」が連発されることも無かった。
けどそれで犯罪や事故や病気や自殺が今より
多かったかというと、少なくとも今よりはずっとマシだった。
その頃から少しずつ進められてきてだんだん加速しているのが、外国人優遇、積極的すぎる移民の受け入れ、水道の民営化、食品添加物や農薬の使用基準はどんどん緩くなり、予防と称する薬や注射の種類はどんどん増えていき、通信システムは5Gが標準になりまもなく6Gへ。この流れが止まることは無さそう。
決まりを沢山作ったら世の中が住みやすくなるというのは無いと思う。
権利はどんどん剝奪します!
義務はどんどん増やします!
何かあったら自己責任です!
というのが今の状況だから。
ここに期待する意味なんか1ミリもない。
細かい所ではそういえば最近
「自転車に乗る時の ヘルメットが努力義務」
とか。
その前は保険加入が義務になったり、
その前は車の後部座席の シートベルトが
義務になったり・・・・
少しずつ少しずつ細かい所まで
決まりが増えていく。
学校の規則というのも意味不明な物が
多いけれど、
それが社会人になってもずっと続くような
イメージ。
学校で慣らされているから、
違和感感じない人が多いのか。
努力義務というと義務と思う人もいるし、
少しずつ増えていくと
知らないうちに決まりだらけの状況に
慣らされていく。
細かいところまで決められて
いつも誰かに指示をもらわないと
自分では何一つ考えられない人が
増えていく。
そういうロボットのような人を増やして
管理しやすい世の中を作りたい側の
まさに狙い通り。
行き着く先は、完全管理監視社会。

