我慢が普通と思っているから我慢が続く

世の中の仕組みについて

今十分うまくいっている人からは、
今更な内容だけど・・・
我慢するのが普通になっている人の場合、
その思考を変えない限り、
今のその我慢がずっと続く。

例えば
嫌だけど今の会社にずっと居るしかない
そうじゃないとお金に困るから。
暮らしていけないから。

行きたいところへも、なかなか行けない
仕事休めないお金もないから。

買いたい物あるけど買えない
食べたい物あるけどこれは無理
高いから。
住みたい場所には住めない
お金ないから。

こういう思考の檻に入ってしまうと、
いつしかそれが普通になり
出る事を諦めてしまう。

けど本当は、我慢が普通なんかじゃない。

そうやって刷り込まれてきたから、
今でもそう思っているだけ。
本当はもっと自由。

私は、
1日の楽しみって何かと聞かれると
生きてる事の全部と答える。
他にもそんな人は沢山いる。
本当は誰もが、それが普通なはず。
年齢も学歴も特別な才能も関係ない。
私も特別な才能とか何も無いし
若くもないし、出来る事なんて
ほとんどの人より少ない。
他の人を見ても、
特別な才能がある人だけが自由に生きられて
そうでない人は我慢しかないかというと
決してそんな事はないのが分かる。

考え方の違いだけ。

「特別な才能」というのも、
今の世の中でそう言われている物は・・・
というだけの話で
「自分はそれが無いから、何の取柄もない
ダメな奴、だから色んな事を我慢して
生きるしかない

という結論に行く事はないと思う。
そう決めているから我慢が続くというだけの事。

何をもって「特別な才能」と呼ぶか
それを決めているのは誰かの主観でしかないし。
今の世の中で言えば支配層がその基準を決めている。
本当は、全員がそれぞれに特別なはず。
他の誰でもない唯一無二の存在で、
特別な才能は皆あるわけで。

なんか上に居るつもりの誰かから
「お前は特別な才能ありと認めてやる」
「お前は何の才能もないから一生我慢して
奴隷のように生きろ」とか
ジャッジされる覚えはない。
何をもって「特別」と言うんでしょーか?
それって誰の主観でしょーか?
と、聞きたいところ。

のびのびと自由に生きる事は、
やろうと思ったら誰でもやれるはず。

何が違うかといえば、
我慢するのが普通だと思っているか
我慢しないのが普通だと思っているか

それだけの事。

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