生きづらさについて考える 子供の頃と後からの刷り込み 本当は変える必要なんてなかった ①

自営業者の日常雑記

自分の体験を含め、つらつらと書いてみる。
昔はそんな言葉さえなかったけど、
もしもっと後で生まれていたら私はきっと
発達障害と言われていたと思う。

それでも今平気で生きている事を思うと。
「心の病気」の実態って何だろうと思う。

世の中に出ると外からの圧力に負けてしまう人が
昔も今も多いけれど・・・
これだ正しい。
これは間違い。
こうしないといけない。
こう考えないといけない。
こうあらねばならない。
大人になるに従って制限が増えていく。
支配層の都合のいいように誘導される仕組み。

でも本当は、人は皆個性の塊。
一人一人違う。
本当は自分の事は自分が一番知っている。

子供の頃、絵を描くのが大好きだった。
文章を書くのが大好きだった。
外の景色を、ぼーっと眺めているのが好きだった。
目的もなく散歩をするのが好きだった。
本や漫画が大好きだった。
不思議な物が好きで「ムー」という雑誌をよく読んでた。
占いにも興味を持ってタロットなどカードを集めていた。
自分占いを試してみた。
人相、手相、タロット、生年月日で観る占い
本を色々と読んだ。

私にとってそれは、全部が楽しい遊びだった。

けど世の中では、
例えば占いに興味がありそれを仕事にしたくて
本を読む事を「勉強する」と呼ぶ人が多い。

仕事にしたいまでいかなくても、それを特技として
身に着けたいと思うと「頑張って勉強しよう」という
事になってくる。

占いだけでなく他の何でも「それを仕事にする」
そうでなく趣味でも「やるからには上達する」
そういう目標をもって勉強する。

何故いつも何かを「目指している」状態でないと
いけなくて「目標を持って」進んでいないと
いけないのか。

勉強が好きな人はそれもいいと思う。
好きなら楽しいから。
でも私は、勉強するのが大嫌いだった。

1日1冊ペースで読むくらい本好きだったけど
本を読むのは、何々について勉強したいからとか
将来何かに役立てたいからではなく遊びだった。

単純に、面白いから読み、知りたいから調べる。
役に立とうが立つまいがどうでもいい。
何にも「目指して」なんかいない。

それが学校に通い始めてしばらくすると、
色んな事を決めさせられる。
やりたい事が、やらないといけない事になる。
上の学年になるほどそれが増え、
中学生なるとさらに増える。

常に定めていないといけない「目標」って何?
目標達成に向けて「無駄な事」は何故止めないと
いけないのか。
これは必要とかこれは無駄とか
何で自分じゃなく学校が決めるのか。

40分も50分も何で座っていないといけないのか。

歴史の本は好きだけど、年号を覚えるのは大嫌い。

数字が苦手なのに、訳の分からない数式を解けないと
卒業できないという。
ついにテストで0点を取るぐらい苦手で全く興味ない事を
無理やり勉強する事は地獄のようだった。

多くの規則があり行事があり、自分の興味のない事でも全て、
皆で一緒に何々しましょう
皆で一緒に頑張りましょう
クラス、学校、一丸となって・・・
というのが多い。

全く興味のない事を、なぜ頑張らないといけないのか。

本を読んでの感想、文章の書き方、絵の描き方
そんな事にまで「こういうのがいい」
「これが正しい」「こうあるべき」というのが
ついて回る。

好きなようにやれていた頃は楽しかったことが、
少しずつ楽しくなくなり興味がなくなり
気が付いたら何もかも嫌いになっていた。

続きはまた書きます(*^^*)



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