小説 妖獣ねこまた 8

小説 妖獣ねこまた

山の奥深く 未知の世界へ

途中から、車道を外れて山に入り獣道を行く。
リキは馬ぐらいの大きさになって、和人を乗せて走った。
和人も最近ではリキに乗るのに慣れてきて、体の力を抜いてゆったりと乗れるようになってきた。実際、馬に乗る時ほど揺れないし、尻が痛くなるわけでもない。乗っている方が体に余計な力さえ入れなければ、リキは滑るように走るし、とても楽に移動出来る。

山に入った頃から、空気がどんよりと重くなった。
「この感じ、今朝よりひどくなったような気がしないでもない。あんな事が起きたし、俺が怖いと思ってるからか・・・」
小さく呟くように独り言を言ったつもりが、リキにはしっかり伝わっていた。
「気のせいってわけでもない。確かに今朝より空気が重くなってる」
リキから答えが返ってきた。
「山に居る存在達はやっぱり相当怒っているし、車をひっくり返したくらいでは気が済んでいないのか・・・」
そう思うとやっぱり、怖くないと言えば嘘になるけれど、ここまで来て引き返すわけにはいかないと、和人は心の中で決意を固めた。

木々の間を抜け、山の奥深く入って行くと、まだ昼間の時間帯なのに薄暗くなってきた。
リキの背中に乗った和人が辺りを眺めると、木の幹が、枝が、生き物の様にうねっているのが見える。
あの事故の時見たのと同じだと、和人は思った。
木だけじゃなく、道に生えている草も、地面も揺れている。

真っ黒い雲のような塊が、近くを飛んでいた。
その中に光る大きな金色の一つ目が、和人達の方をジロリと見た。
目を合わさない方がいいような気がして和人が反対側を向くと、そちら側にも同じ存在が居て、金色の一つ目でじっと見ている。
地面を這うように移動する黒い塊も居る。こっちは、金色の目が上にいくつも付いていて、その目が和人達をジロジロと眺め回した。
木々の間に時々居るのは、細長くて灰色の体から長い手が何本も出ている妖怪。
三つある目は血のように赤くて、長い舌を垂らしている。
ここに棲む存在達の怒りのエネルギーを感じながら、リキと和人はそれでも進むしかなかった。

少し開けた場所に出ると、リキは止まった。
そこには2メートル四方ほどの空間があり、真ん中に大きな木の切り株があった。
そしてその切り株の上に、和人が見た事もないような奇妙な生き物が乗っていた。
見たことの無い生き物と言えば山の中でも色々見たし、リキだって妖怪だけれど、この生き物はまた全然雰囲気が違っていた。
体全体の形は巨大なサツマイモのようで、色も似ている。その片方の端に顔が付いている。
体は、サツマイモの色よりもう少し明るい、ピンクと赤紫の中間のような色。大きな体は丸々としていて、ツヤツヤと光っている。顔には、黄色い楕円形の大きな目が二つ、小さな鼻の穴も二つ見える。顔の部分は上半分が鮮やかな緑、グラデーションのように色が変化しつつ下の方は鮮やかな黄色。パタパタとはためく大きな耳が、顔の両サイドに付いている。顔と反対側の端にある尻尾は細く枝のように分かれていて、その先には淡く光る粒がいくつも付いていてキラキラと美しい。
この不思議な生き物からは、怒っているエネルギーが伝わってこないと和人は感じた。
図体は大きいけれど凶暴な感じは全く無く、なんだかのんびりした感じの生き物だと思った。

「扉を開けて欲しいんだけど」
生き物に向かってリキが頼んだ。
「いいけど」
のんびりした感じで答えが返ってきた直後、生き物の乗っている切り株に、変化が現れた。
切り株の真ん中に、縦にスッと割れ目が入ったかと思うと、その割れ目が見る間に横に広がって大きさを増していきいく。

かなり大きな穴が開いたと思ったら、開いた部分に鮮やかな緑色のカーテンが現れた。
カーテンは閉まった状態で、真ん中で分かれているように見える。
開けたら向こうは切り株の内部なのかなと、和人は思った。
びっくりするようなものをあまりに多く見すぎて、もう感覚が麻痺している。

「開けてくれてありがとう。和人。行こう」
リキが、当たり前のようにカーテンの真ん中へ進んで行く。

切り株の直径は1メートルほど、高さはその半分位なので、自由に体の大きさを変えられるリキは余裕で通り、和人は身を屈めて潜り込んだ。
切り株の内部は薄暗いけれど、真っ暗闇ではなかった。
カーテンは光を通す素材のようで、薄いカーテンを通して外からの光が漏れてきている。
中はカーテンの色と同じ緑色で、丸い天井の小さなドームのような場所だった。
キャンプに行った時のテントの中の感じを、和人は思い出した。何となくそんな感じの空間で、不思議なことに中に入ると普通に立つことが出来た。
切り株の高さからすると内部はもっと狭いはずなのに、ここでは空間の大きさが伸び縮みするらしい。
中に入ってから数秒で、今度は床の一部がスッと割れた。
ここに穴が開いたら落ちると思って和人が飛び退くと「大丈夫大丈夫」とリキが伝えてくる。

床の割れ目はどんどん広がって空間が開き、下へと続く階段が現れた。
階段には明かりが灯っているようで、暗くはない。
一人がやっと通れる位の幅しかない螺旋状の階段は、先が見えないくらい遥か下まで続いていた。

普段の猫の大きさのリキが、トントンと軽やかに降りて行く。
和人も続いて階段を降りた
。数メートル歩いて振り返ると、入り口の穴がスッと閉まるところだった。
「え?閉まったんだけど」
「大丈夫大丈夫。出る時はまた開けてくれるし。ここ以外にも出口はあるし」
前を歩くリキが教えてくれた。
リキはこういう時いつも、目を合わせてもいないのに和人の思考が分かり、即座にその答えを伝えてくれる。
和人はリキと会ってからだんだん、会話するよりもずっと速いこのやり取りに慣れてきていた。

和人は、リキに遅れないように少し早足で階段を降りて行った。
階段の材質は何か分からない、少し柔らかい物質だった。子供の頃工作で使った、固まる前の紙粘土みたいだと和人は思った。
幅の狭い階段で、遥か下まで続いている。手摺もないけれど、落ちそうとか怖いという気は何故かしなかった。
周りの壁は緑色で、階段は白。壁に灯っている明かりは蝋燭の火のような感じで、けれど実際に蝋燭があるわけでなく、炎だけが壁に浮かんでいた。
階段が続いている下の方は、白く霞がかかっていてよく見えなかった。
雲の中へ降りていくような感じがする。
不気味とか怖いという雰囲気ではないけれど、いったいどんな場所へ行くんだろうと和人が思っていると「もうすぐ終点。そこから今度は上りになる」と、リキが伝えてくれた。

「上がった場所は普通に山の奥だから」
「そこに誰か居るわけ?」
「山の主に会いにいく」
「なるほど。山の主がそこに居るんだね。さっき入り口に居た生き物が山の主かって一瞬思ったけど。だったらリキがあそこで言うはずだよね。山に居る存在達が怒ってるから、今から山の主に会って、開発のことを謝りに行くって事か」
「さっき入り口に居たのは門番。門番はのんびりしてるから、開発のこともあんまり気にしてないみたいだけど。妖怪も人間と同じで皆んな性格違うから、気の荒い存在とかも居るし、怒ってる者も多い。あのお祓いは明らかに人間側が失礼なことしたんだけど・・・とにかく謝ってみよう。山の主が聞いてくれるかどうかわからないけどね」

階段は、降り切ったらいつのまにか平坦になって、そのまま緩やかに上りになった。
上りになると階段の材質が変わって、光沢のある白い布のような物になった。何も無い空間に布だけが浮いているような感じだ。それでも、その布は歩く者の体重をしっかりと支えてくれて、普通に布の上を歩いて行ける。

「乗る?」
しばらく歩いてからリキが問いかけてきたので、まだ遠いのかもしれないと思って和人は乗せてもらうことにした。
下りる時は狭い螺旋階段で、リキに乗って走るのは無理な感じだったけれど、今はごく緩やかな上りで、階段は真っ直ぐに続いている。
馬ほどの大きさになって和人を乗せたリキは、そこを滑るように駆け上がっていった。

壁に灯っていた明かりは、途中から少しずつ数が減っていく。
その明かりが無くても、前方から差してくる光が道を照らしていた。
「もうすぐ着く」
リキからそう伝わってきて数秒後、入り口で見た物と同じ緑色のカーテンが目の前に現れた。
カーテンは真ん中で分かれていて、リキはそこを走り抜けた。

次の瞬間、和人は森の中のひんやりとした空気を感じていた。

そこには、手付かずの自然の風景が広がっていた。

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