生きづらさについて考える③ 「子供の頃が一番楽」というのは嘘

自営業者の日常雑記

子供の頃の単発のバイト、社会人になってからのバイトで色んな仕事を少しずつ経験した。
牛小屋の掃除、弁当屋、喫茶店、和食の店、
宴会やパーティーのコンパニオン、スナック、クラブ、ショッピングモール内の食品店(肉の加工と販売)
郵便局の事務、試食販売その他実演販売など。

接客が多かったけど得意だったわけではない。
好きな事というと今まで書いた通りでどちらかというとインドア派のオタクなので、むしろ一人で黙々とやる作業の方を最初は求めた。

けど、一度工場のライン作業に行って数時間ももたなかったので無理と諦めた。
機械の速度についていくというのがしんどくて、機械が淡々と回っているのを見ていると
気持ち悪くなってしまった。

子供の頃学校からの通知で言われた事は、
集中力が無い。
根気がない。
継続力が無い。
いつもソワソワしている。
落ち着きが無い。
協調性が無い。
集団行動ができない。
責任感が無い。

など、いい事を言われた事は一度もなかった。

その頃から、自分は一つの事を集中してやるのは無理なのかなと思っていた。
好きな事なら丸一日でも本や漫画を読んでいたり絵を描いていたりして過ごせるけれど、そういうのは学校では集中力とは言わないらしい。


バイトを選ぶ時、車の運転ができれば配送とか
男性なら肉体労働系の仕事があるけどそれもないから簡単な作業か接客業の他は選択肢がなかった。作業は工場に行ってみてダメだったし。
それでも、バイトで仕方なくやった事は後にけっこう役立っている。

学校で勉強するよりも余程、
社会に出て実際働いてみると色々と
得られるものはある。


自分には絶対無理と思っていた仕事でも、やってみると案外何とかなる事もいくつかあった。
向いてないと思った時はためらわずすぐ辞めた。
学校で言われていた
「一度始めた事は最後までやりましょう」というのには
「最後っていつ?」という疑問を持っていたし、やめる事は悪い事だと思っていなかったし平気だった。

なんでも実際経験してみてこそ、
向いているかどうか見極められる。


最初に京都に出てきたのは
京友禅の仕事の募集広告を見た時。
住み込みだからお金なくてもすぐ行ける
絵の好きな人歓迎」と書いてあったので決めた。

そこに6年居てから、京友禅の仕事を自営業で自分でやり始めた。
この後数年でまた商売を変える事になるけど、
これが自営業の第一歩だった。

住み込みの仕事は、同年代で私と同じように地方から出てきた人ばかりですごく楽しかった。
仕事時間は長かったけど、一人一反の反物を仕上げる形なので人に気を使わず黙々と一人でマイペースでやれる。
オタク気質の自分には最高の環境だった。
学校と違って細かい決まり事はあまり無い。

ここに行っている間にも、夜はバイトに行ったりしていた。

色々やってみたバイトにしても京友禅の仕事にしても、子供の頃に感じた程のしんどさは全然なかった。しかもお金がもらえる。

子供の頃というと、何も選べなくてやりたくない事も強制的にやらされるわりにお金がもらえるわけでもない。

数学で赤点を取ったら放課後に自習だの補習だのあったけど、会社で言えばサービス残業じゃないかと思う。

それを
「責任がなくて伸び伸びとしていられて
今が一番いいはずだ」と言われたのは、
やっぱり嘘だったと確信した。

学校へ行くしんどさに比べたら、
やりたい事を自分で選べて、
嫌なら辞める事もできて、
しかもお金がもらえるなんて最高じゃないか。


この時確信したことは、
数十年経った今も変わらない。

なので、今まだ子供だったり
これから社会人になる若い人に
「今が一番良くて社会に出たら大変だから」
とは私は絶対言わない。

今がもし辛くても、
社会に出たら楽勝かもしれない。

自営業を選んで以降は・・・
自分の健康に無頓着だった事と、世の中で当たり前に言われている努力忍耐根性の思考習慣にはまってしまったことで一時期辛い事を経験するはめになる。

でもそれも、自分が選んだ事、自分が作った事の結果なので、望むならいつでも変える事ができるということが今ではよくわかる。その頃はわかっていなかったけど。

続きはまた書きます(*^^*)

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