ねこまた出現
「・・・無い。確かにここに入れたと思ったんだけど・・・もしかしてどこかで落としたのかなぁ・・・弱ったなぁ」
帰宅して家に入ろうとした時、鍵が見つからなかった。普段はほとんど開けっぱなしで鍵など使わないのに今日に限って鍵をかけたことを、和人は後悔しした。
昼間に農作業を終えた後、車で二時間ほどかかる街まで出ていた。自分の買い物の他、近所の人達から頼まれた買い物もあって帰りは暗くなる時間だし、一応用心のためと思って鍵をかけたのが失敗だった。
「こんなことだったら開けっ放しで出れば良かったな。見つからなかったら仕方ない。今日は車の中で寝て、明日明るくなってからよく探してみるか」
鞄の中にもポケットの中にも車の中にも鍵は無いし、焦ってバタバタ探しているうちに逆に地面に落ちたのかもしれない。
そう思って探すのを諦めかけた時、背後に何かの気配を感じて和人は振り返った。
それは危険を感じさせるものではなく、ただ静かにそこに居る感じ。
月明かりの下、その気配の正体が、ぼんやりと姿を現した。
緑色に光る二つの目。体全体も淡い光りに包まれているそれは、猫だった。
普通の猫より一回り体が大きく、長い尻尾の先は大きく二股に分かれている。その二本の尻尾がユラユラと揺れていた。
「リキ・・・」
和人は、呼びかけて一歩近づいた。夕闇が迫る時間帯で、細かい体の模様までははっきり見えないけれど。目の色、体の大きさ、全体の感じからして間違いない気がした。リキは確かに死んだはずだけれど、でも今目の前にいるこの猫は、あまりにもリキに似ている。
この日の不思議な出会いのことを、和人は翌日、日記に書いた。
6月1日
家の鍵を無くしたようで、今夜は車の中で寝ようかと思った時、気配を感じて振り返ると猫が居た。どう見ても、リキに似ている。模様までははっきり見えないものの全体に黒っぽいのはリキの体毛の色に近い。
リキと同じ緑色の目で、普通の猫より一回り体が大きいところも似ている。
逆に違うところというと、長い尻尾の先が大きく二股に分かれていた事。その二本の尻尾がユラユラと揺れていて、体全体も淡い光りに包まれていた。
その様子を見ていると何か、この世の生き物ではないような。でも猫には違いない。
リキが死んだことで精神的にまいっていた俺が、幻覚を見ているのか?最初はそうも思った。
猫が俺の方を見て、ニャオと鳴いた。あの鳴き声にも聞き覚えがある。
やっぱりリキに似ている。
猫は、ゆっくりと近づいてきて、俺の顔を見上げた。近くで見ると体の模様もさっきよりよく分かり、やっぱりリキに違いないと思えた。
猫は玄関に向かって歩いて行きって扉の前で止まった。
前足で地面をトンと叩くから近付いて見ると、落とした鍵がそこにあった。
出かける時慌てていて、鍵をかけた後すぐに、扉近くの草の上に落としたらしい。
探した時は周りが暗かったし見えなかったのか。
玄関に鍵なんかかけたってまるで意味が無い間抜けな話だ。
鍵を拾って鍵穴に差し込もうとした時、隣で猫用扉がパタンと音を立てた。
リキが死んでから、そのままになっていた猫用扉。
今ここから入った?ということは、やっぱりあの猫はリキなのか?
急いで鍵を開けて中に入り、すぐに電気をつけた。猫の姿はどこにも無かった。
窓も勝手口も閉めているし、出られる所は無いはずなのに。
呼びかけてみても反応が無い。
気配も無い。猫用入り口から入ったのに、煙のように消えてしまった。
6月2日
今朝起きて見ると、畳の上に毛が落ちていた。
明け方の、まだ薄暗い部屋の中で、それは淡く光っていた。
昨日の猫の毛に違いない。
毛の色を見ると、やはりあの猫はリキなのではと思う。
昨日俺が見たのは幻ではなかったのか。
死んでから数ヶ月は、姿を見せなかったのに・・・何で今なのかわからないけど。
来てくれたことに対しては嬉しさしかない。
もしかしたら前にも来てくれていて、俺が精神的に落ち込みすぎていて気が付かなかったのかもしれない。
後で思い出したけれど、そういえば子供の頃、ねこまたの話を聞いたことがあった。
尻尾が二股に分かれた猫は「ねこまた」と言って、長く生きた猫が化け猫になった姿だと、おじいちゃんが話してくれたことがあった。
リキは確かに長く生きていた。
昔話の中に出てくる猫又は、どちらかというと怖い感じで描かれていたりするけれど。
おじいちゃんもおばあちゃんも元気でリキがまだ仔猫だった頃「リキが長く生きたら猫又になったりして」とか、冗談で話したのを思い出す。
「猫又でも、リキだったら怖くないね」と言って三人で笑ったことを。
猫たちの夜の会議
6月3日
昨日の夜のことは、きっと一生忘れない。
あれが最初で最後の体験なのか?
これからもあるのか?
昨日の夜、寝床に入ってしばらく経った頃、あの猫が姿を現した。
寝ている俺の掛布団の上に乗って、俺の顔をじっと見ている。
昨日見た時と同じく体全体が淡い光に包まれていて、重さは感じない。
不思議と怖くもない。
近くで見るとやっぱり、この猫はリキに違いない。
「リキ?」呼びかけると、猫は小さくニャオと鳴いた。肯定かな。
何となく伝わってくる。
ポンと飛び降りたリキが「ついて来い」と言っているみたいだ。
言葉を喋るわけじゃないのに、何を言いたいかはっきり伝わってくる。
何だろう。この感じ。
猫用入り口から出て行ったリキの後を追って、俺は玄関から出た。
月明かりはあるが、懐中電灯でも持ってくれば良かった。
リキは時々振り返りながら、どんどん進んでいく。
竹林の中に入っていくリキの後について、道も無いようなところを竹藪を掻き分けるようにして進んだ。
こんな所に一体何があるのかと思っていると、突然、少し広くなっている場所に出た。
丸く切り取られたような空間。
月明かりに照らされたその場所には、沢山の猫達が集まっていた。
近所で見かけた事がある猫も、近くの家で飼われているあの猫もいる。
他にも、白猫、三毛猫、黒猫、リキと似たようなキジトラの猫など、色んな猫がいて、好きなように座ったり寝そべったりして、賑やかに話している。
その話ている内容が俺にも分かった。言葉として聞こえたというのとは違う。
さっきのリキの言っている事が分かった時と同じ。言葉を聞くよりも早く、なんか直接入ってくる、伝わってくる感じ。
猫達の話す様子は、村の人達の井戸端会議と何も変わらない。
俺が入って来て見ているのに気がついたのか、お喋りに熱中していた猫たちの中の一匹が振り向いた。
「あんたの知り合い?」
その猫が、リキに向かって問いかける。
「長年一緒に暮らしてた人。聞かれても大丈夫だ」
「そう。じゃあその辺てきとうに座って」
そう言われたのが分かったから、俺は空いている場所に腰を下ろした。
リキは俺の隣に、くつろいだ感じで座った。
二股に分かれた尻尾の先が揺れている。
今見ている限り、リキ以外は普通の猫らしい。
猫たちが話していたのは、この村のこと。
人間の俺より、猫達の方が余程色々なことを知っていた。
