悩みをゴミ箱に捨てて人生を遊ぼう⑧  もう働きたくないというあなたへ

オリジナル小説 エッセイ

もしかしたら今既に、限界まで疲れているのかもしれない。

それとも「働く」という言葉に良いイメージが無く、未来に希望が持てないのかもしれない。

別に無理に働かなくていいのに「仕事をしなければ」と思っている場合もある。

働くというと、求人広告を一生懸命見て「良さそうな仕事が無い」と凹んだりする人も多い。

「どうせ働くなら長く続けられるところで、少しでも条件がいいところで・・・」と思って探していて、ますます見つからなくいという事もあるかもしれない。

今どうしようもなく生活に困窮しているのか、そうではないのかというところでも、やる事は変わってくるかと思うけれど・・・

どちらにしても「何としても働かなければいけない」という強迫観念や、「自分は働いていない」という謎の罪悪感のようなものは手放した方がいい事は間違いない。

お金というものにそこまでこだわる理由が何なのか。

今の収入が無いと本当に死んでしまうのか。

まずはそこに疑問を持ってみて

一昔前を振り返ってみて、今とは違う暮らし方が無いか見てみたり、一人で何とかするのでなく周りの人との協力によって、何でもお金で解決するよりも生活の知恵と工夫によって、変えられないか考えてみるのもありだと思う。

今の住居を整えるのも、これからにとって大事なこと。

人間以外の存在達は「仕事をしなければ」とは思っていない。宇宙全体から見ると狭い範囲で、この地球上に存在する生物だけに限ってみても「何かお金を稼げる仕事をしなければ」と思っている生物は人間だけ。他には居ない。それでも皆んな無事に生きている。

もっと狭い範囲で人間だけに限って考えても、そういう思考を持つようになったのは一体いつから?

今のような形態の「働く」ということが一般的になったのは、人類の歴史から考えても、つい最近の事。それまでは、ほとんどの庶民の生活は、日常の暮らしが全てだった。

どこかへ勤めて給料をもらうとかではなく、衣食住、日々生きていく中での作業。それで皆んな無事に生きていた。

住居やその周辺を掃除して綺麗に保ち、狩猟や採集で食材を手に入れ、火を起こし、水を汲み、料理をし、風呂を沸かし、洗濯をし、子供を育てるといった事を、近くに居る人で協力し合ってやっていく形だった。

その中に工夫が生まれ、楽しみもあるし遊びも生まれる。

江戸時代、一般庶民が生活の中に美意識を持っていたのは、他国の人が羨む日本独特の文化だった。

働くという言葉を無理に使うとすれば、日常の中での作業、それも働いているという事。

本来「会社に勤めて給料をもらう=働く」では無かったはず。

体を動かして何かをするという事を働くと呼ぶのならば、それはある程度必要かも知れない。

肉体を持つという体験をしに来たという事は、その面倒な事をやってみたいと思って来ているわけで・・・

何もしなくても良くてずっと寝ていてもいいと言われたら、それはそれで楽しくないはず。

「自分はずっと寝ていたい」という人は、肉体的に限界まで疲れているか精神的に疲れて病んでいる状態。

そう遠くない過去の歴史を振り返ってみても、日常の中に遊びがあった。今は、遊びというとすでに形になって提供された物が多くて「お金をかけなければ遊べない、楽しめない」という状況が作られているけれど。

働くというと何か仕事をしてお給料をもらう事で、そのお金を使って生活し、遊ぶというと残ったお金の中からまたお金を払って・・・このループが、今の世の中では普通になってしまった。

そのせいで「お金を稼ぐために何か仕事(会社勤めやバイト)をしなければいけない」と、ほとんどの人が強く思い込んでいる。

「働かざる者食うべからず」と言われていたり、何らかの仕事をしてお金を稼いでいない事は怠けている事だと思っている人も多い。

何らかの仕事をしてお金を稼ぐという事をしていなくても、今特に生活に困っていない人も居るけれど、そういう人でさえ「働いてないとなんか落ち着かない」「周りの人から何か思われるかも」と言ったりする。

家事や子育てで忙しい人も「働いてない」と人から言われたり、自分でもそう言ったりするし。十分働いてるのに。

現代の人間だけか持っている何とも奇妙な価値観。

こうなっているのは、学校教育や、メディアからの刷り込みの影響が大きい。

今の世の中のシステムで一般庶民より上の立場に居る人達にとっては(本当は上も下も無いけど)庶民が全員身を粉にして働いて、税金を沢山納めてくれれば嬉しいわけで、そうなるような仕組みを作っている。

更に上の位置には、人類が精神的肉体的に疲れ果てて、重く苦しいエネルギーを沢山出してくれると、そのエネルギーで元気になる存在も居る。

「働かなければ」の強迫観念が、誰にとって都合がいいのか、それを狙う存在達にとって、どう都合よく誘導されているのか。

そこは知っておいた方がいい。

税金はどんどん上がっていく、物価はどんどん上がっていく、賃金は上がらない→長時間働いても貧しい。生きているだけで精一杯で楽しむ余裕など無いという状況で「さあ仕事を探して働かなければ」と思っても、この状況を考えると気持ちも重くなると思う。

仕会社勤めやバイト、自営業をしてお金を稼ぐという事をしていなくても、今特に生活に困っていないという人はそれでいいと思う。

日常の暮らしの中でもやる事は沢山あるし、それをこなしつつ、その中から楽しみや遊びを見つけていくのは、今よりはまだいくらか余裕があった一昔前の感覚。その感覚でいくと、今の日本の状況より、ずっと豊かな気持ちで生きられると思う。

わざわざしんどい事をしないといけない理由は無い。

そこまでの余裕は今無いという人でも、お金を稼ぐための仕事(パートやバイトも含め)をしないと生きていけないという思い込みのつから一旦離れて「このループから離れようと思ったらどうしたらいいか?」を考えてみるのもありだと思う。

実際、お金を稼がなくても自給自足で生きている人は日本にも居る。

100%自給自足までいかなくても、それに近づけることで、勤めなどで稼がないといけないお金が通常よりずっと少なくて済んでいる人も居る。

こうなると税金もほとんどかからないから更に余裕が出来る。

時間がたっぷり有れば、日常の暮らしを楽しみ、工夫するアイデアも湧いてくる。

一昔前のように近所同士のお裾分けの習慣があったり、近所でなくても物を分けあったり出来る事を提供し合って、お金を介さずにお互い欲しい物やサービスを手に入れることが出来れば、使うお金は少なくて済む。

貨幣価値がずっと今のままとは限らないし、もっと言えばお金というものにほとんど価値が無くなっても、人と人との繋がりがあれば本当は生きていける。そう遠くない過去、ずっとそうだったのだから。

今は、流されるままに油断していると、生活するための支払いがいっぱいあって、まるで支払いをするために生きている感じになってしまう。

そうなると日常の事をやる時間がなくなり、心に余裕が無くなり、生活もだんだん荒んできて、居住空間はゴミだらけという事にもなりかねない。

窓を開けるのも面倒で換気さえしていないとか。

そうなると、健康面にも悪影響が出て医療費がかかり更に支払いが増えるという地獄のループに入ってしまう。

日々目に映る居住空間の状況が、あなたの人生というドラマの舞台という事になるので、それに相応しいストーリーを無意識に思考して作ってしまう事にもなる。そこがゴミだらけだったら、開運どころの話ではない。

一旦立ち止まって、ものすごく疲れているなら数日でもとりあえず休んで、そのあとは、自分の人生の舞台となる居住空間を整えてみるのはおすすめ。

引っ越しを希望しているにしても、今見ているものがどういう状態かによって未来は作られていくので。

自分は何をしに来たのか?

人生のストーリーはどんな感じにしたいのか?

何となくでもいいので考えて、それに相応しい場所を作ってみる。

別にお金をかけなくても、出来ることは沢山あるから。

自分の服装や持ち物も、特にお金をかけなくても「こういう人生のストーリーにしたいから、その主役ってどんな感じ?」と思って考えてみると元気も出てくる。

まずは活力を取り戻さないと「お金無いどうしよう」という負のループから抜け出すパワーも湧いてこない。

生活空間→日常生活→自分のやりたい事→どうしてもお金が必要なところはどこ?月にどれくらい?→お金をかけずに工夫できるところは無い?

自分にとって必要ないところにお金使ってない?→それだとこれくらい要る。今のところは。

こういう順番で考えてみるのもおすすめ。

そこを何も考えないまま「とりあえず仕事探さないと。早くしないと。お金足りないし」という思考では、いつまで経っても「バタバタしているうちに日々が過ぎていく。今日も疲れた」から抜け出せない。

自分が得意なことはこれだから、その中で何かやれることは?

そこまで考えて初めて仕事を探しみて、長期間とか保証とか関係なく、何なら一日だけのバイトでも、この種類の仕事がやれそうか試すという意味でやってみるといいかもしれない。

在宅で出来る仕事や季節限定のバイトなどもあるし。

あなたのできる事、得意な事を「自分はこれができます」と、周囲に向けてアピールしておくのもいい。

SNSを通じてでもリアルでもいいけど。

そうやって仕事を引き寄せた人も居るし。

自分の提供する物やサービスを売りたい人は、自分をアピールするついでに、提供している物やサービスの価格も出しておくといい。人から見ると頼みやすくなる。

個人的に誰かから依頼が来て、一件でも引き受けたらそれはもう仕事になったということ。あとは、その経験を一つ一つ重ねていくだけ。

老後や将来の不安は要らない。

それを考える事で更に苦しさを引き寄せるだけなので。

今住める場所があり、今日食べられたなら、その事にフォーカスして「出来た」と実感する方がよほど運勢が上がる。

支払いの事ばかり考えて「苦しい苦しい」「出来るなら働きたくない。でも仕事しないと」という追い詰められた気持ちで嫌々仕事を探していると、その思考によってろくでもない仕事先を引き寄せてしまったりするので・・・立ち止まる数日間があるのと無いのでは全然違ってくる。

たとえ食べる物が今日なくても、数日間食べなかったぐらいで命に関わることは無い。水さえ飲んでいれば半月、一ヶ月くらいは生きられるし。

一日や二日食べないくらいは、かえって体のデトックスにもなる。

仕事より日常生活の方を先に考えたら、今まで外食やコンビニの食べ物で済ませていたのを自炊に変えたるだけで、一ヶ月に必要な食費は相当減る。安全で美味しい、高い調味料を使ったとしても。健康にもなって一石二鳥。

「この人生で、支払いに追われて身を粉にして働くという経験を一生したい」と思って来ている人は、本当は少ないと思うけど。

少しずつそうなっていって気がついたらそういう今があるという場合、まず立ち止まって、方向転換していけば大丈夫。

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