生きていく未来に希望が持てず「もう終わりにしたい」と、表面意識では思っていても、表面意識とは関係ないところで自分が決めているタイミングでなければ、どう頑張っても死ぬことは叶わないらしい。「邪魔が入った」としか思えない人との出会いが、生きていくためのヒントをくれる大切なメッセージかもしれない。
遺書
いざ便箋を広げてみると、何をどう書いていいのか分からない。
「当たり前か。遺書なんか書いたこと無いんだから。命がいくつもあるわけでもないし」
そのたった一つしかない命を、私は今から捨てようとしている。
まだギリギリ二十代だし、人生諦めるには早すぎると、人からは言われるかもしれないけど。
誰が何を言ったところで、私はその時にはもうこの世に居ないわけだから、いくら言われたってかまうことはない。
遺書が無いまま死んだら不審死という扱いになって、場合によっては他殺の可能性を疑われるというのを聞いたことがある。関係ない誰かに迷惑がかかる事は避けたいから、遺書だけは書くことにした。
自分が何を言われようがかまわないけれど、他の誰かが疑われて大変な思いをするのは絶対にダメだと思う。しかも殺人の疑いなんて。
「理由をごちゃごちゃ書こうとするから何書いていいか分からなくなるのかも。自殺だって分かればいいわけだし、何もかもが嫌になりましたさようならとか、人生に疲れましたとか・・・そんな感じかな」
すごく抽象的だけど、別に周りの誰かのせいだと言いたいわけじゃないし、これくらいでいいのかもしれない。
『これ以上生きていくのが無理になりました。ごめんなさい。部屋を借りたままで、家主様にはご迷惑をおかけします。残っている荷物は処分してください。お手数おかけして申し訳ありません』
色々考えた挙句、一番あっさりした文章で済ませることにした。
これを部屋に置いていけば、他殺じゃないことは分かってもらえると思う。
ここ一週間で、持っている荷物のほとんどを処分した。元々荷物はかなり少ない方だから、急に片付け始めてもあまり目立たなくて助かった。
預金はあと十万円あるし、部屋に残った物を処分するお金としては足りると思う。借金が無かっただけ良かった。
だけどこのままいけば借金でもしないと生きていけないのは確実だから、そこまでいかないうちに終わりにしたい。
私は一人っ子だし、両親はもうこの世の人ではないし、親戚付き合いも無い。だからその点は気が楽だ。死んだら家族を悲しませるとか、余計なことを心配しなくて済む。
アパートの部屋で死ぬのはやめようと最初から思っていた。
近くに住んでいる大家さん夫婦はすごくいい人だし。この部屋で自殺があったというので次の借り手が付かなくなったりしたらそれこそ大変だし、そういう迷惑だけはかけたくない。
遺書は部屋の中の目に付く場所に置いて、部屋の鍵はかけずに、普通に外出するような顔をして外に出て、誰にも見られない場所で死のう。そう決めている。
「ゲームかなんかみたいに、ポチッとボタン一つ押したらリセットで、人生終わりにできるならいいのに。そしたら誰にも迷惑もかからないし、自死ぬ勇気も要らないのに・・・」
そんなことを何度も思ったけど、残念ながらそういうわけにはいかないのが辛いところだ。
この期に及んで、痛いこととか苦しいことは出来れば避けたいと思う。元々が怖がりで血を見るのは嫌いだし、注射一本でも苦手なくらいだ。
全く苦痛無く煙のように消えることなんて出来ないんだから、ある程度のことは我慢するしかないけど。死ぬまでの時間は出来るだけ早く終わってほしいし、失敗するのも避けたい。
死にかけたのに死ねなかったとなれば、もっと周りに迷惑だから。間違ってもそれだけは無いようにと思っている。
会ったことがある気がする この女性は誰?
夕暮れ時を待って、私はアパートの部屋を出た。
自転車で15分くらいの、雑木林のある場所へ向かう。
死のうなんて全然思っていなかった頃、ここはまだ自然が残っている感じで好きな散歩コースだった。まさかこんな結末のために、ここに来ることになろうとは、あの頃は思ってもみなかったけど。
昼間なら人とすれ違うことも多い場所だけど、街灯はほとんど無くて、暗くなる時間帯には人の姿はほぼ見かけなくなる。
夜は少し不気味に感じられる場所でもあるので、私は高校生の頃、肝試しだと言って友達と来たことがあった。本当に幽霊を見たりはしなかったけど、鬱蒼とした林の中には何かが潜んでいるように思えて、かなり怖かったことは今でも覚えている。
本当に真っ暗になってしまうと、周りの様子や自分の手元さえ見えなくて、やろうとしている事が実行出来なくなるかもしれない。薄暗くなってきた今の間に、さっさと終わらせてしまわなければと思う。
途中からは、少し上り坂になった舗装されていない道で、自転車では通れなくなる。私は自転車を置いて、雑木林の中へと足を踏み入れた。人一人がやっと通れる位の細い道を、奥へ奥へと歩いて行く。
枝が太く上部そうな木を見つけて、持ってきたロープを結んだ。
大きめの鞄の中から、折りたたみ式の踏み台を出す。
死ぬ準備をしながら、呼吸が浅くなり手が震えているのが分かった。
全身から冷たい汗が吹き出してくる。
なかなかロープが結べなくて何度も取り落とすほど、手だけで無く体中でガタガタ震えている。
元々怖がりだし、強制的に自分の命を終わらせることが怖くないわけがない。
だけどやるしかない。
頸動脈を切るとか、手首の太い血管を切るとか、睡眠薬を大量に飲むとか、他の方法も考えだけれど、どれも無理に思えた。自分の体を切るというのは、それを思っただけで物凄い痛みを想像して、吐き気がするほど恐ろしかった。焼身自殺なんてもっと恐ろしくて論外だし。
薬を使うのは一歩間違えると、失敗して死ねなくて植物人間になったり障害が残る可能性があると聞いたことがある。
首を吊って死ぬのが最も苦痛が少なく、うまくいけば頸骨骨折で一瞬にして絶命するらしい。
手の震えのせいで何度も失敗しながら、ようやくロープを結び終えた。
人が来る様子は無い。良かった。
遺書は封筒に入れて、部屋の真ん中に置いてきた。
ドアを開ければすぐに目につく場所だから、多分見つけてくれると思う。
「迷惑をかけてごめんなさい。さようなら」
私は覚悟を決めて踏み台を蹴った。
次の瞬間、体が激しく地面に叩きつけられた。
踏み台が倒れ、折れた木の枝が頭の上に落ちてきた。
倒れた拍子に尻を思いっきり打ったようで、痛すぎてしばらく起き上がれなかった。
「・・・失敗か」
しばらくその場に横になったまま痛みに耐えた。
「真っ暗にならないうちにもう一回やり直さないと・・・」
さっきまでの恐怖感をもう一度味わうのかと思い、あまりの恐ろしさに逃げ出したくなる。
かといって今更止めるわけにもいかない。止めて生きていける術があるのかというと、それも無いんだから。
私は痛みを堪えて立ち上がり、折れた枝からロープを外した。
不要に木を傷つけてしまったことが申し訳ない。
今度こそ失敗しないように、もっと太い丈夫そうな枝を選ばなければ・・・
倒れた踏み台を回収して立ち上がった時、近くに人の気配を感じた。
「誰か居る?」
枯れ葉を踏む、ガサガサという足音が聞こえてきた。
動物とは違う。多分人間だと思うけど、こんな時間に?
この辺りは何本にも分かれた曲がりくねった細い道で、普段からこの場所をよく知っている人でなければ通らないはずだ。
間の悪い時に人が来たものだと思う。
自殺しに来たと勘付かれて止められたりしたら面倒だから、これはもう一旦中断するしかない。
私は、ロープを丸めて踏み台をたたみ、鞄の中へ押し込んだ。
倒れた時に服に付いた土を払い、林の奥に向かってゆっくり歩き始める。
後ろから近付いて来ている人物がこのまま歩いて来れば、私を追い抜いて前へ行くはずだ。それをやり過ごしてから・・・
そう思った瞬間、突然後ろから声をかけられた。
「あ〜良かったぁ。人がおったぁ。すいませぇ〜ん。そこの人ぉ〜」
早足で近付いてくる足音と、よく響く能天気な女性の声だ。
「良かったやないわ」と思いながら、無視するわけにもいかない。
周りには他に誰も居ないのだし、私に話しかけてるに違いないのだから。
私は仕方なく振り返った。
立ち止まって振り返りはしたものの、私は返事はせずに無言で様子を見た。
相手がどんな人間か分からないし。
こんな人通りの無い場所でキャッチセールスでも無いだろうし、相手が女性だからといって安心は出来ないけど強盗とかでも無さそうだし・・・
そこまで思いかけてふと気が付いた。
どうせ今から死のうと思ってたわけだから、相手が強盗だろうと殺人鬼だろうとかまわないはずなのに。私はまだ警戒心を働かせてこんなことを思っている。
「急に声かけてすいませ〜ん。怪しい者じゃないんで。ちょっと待ってくださぁ〜い」
女性は、早足でどんどんこっちに近付いてくる。
仮に本当に怪しい者だとしても、自分で「怪しい者だ」とは絶対言わないだろうけど。
辺りが暗くなりかけていても、近くに来ればまだ相手の顔ははっきり見える。
「あれ?この人・・・どっかで会ったような気がするんだけど」
最初に相手の顔を見た時そう思った。
けれど、いつどこで会ったのかさっぱり思い出せない。
交流範囲は広くないし、知り合いならすぐ思い出せそうなものなのに。
去年亡くなった母よりは若い。40歳は過ぎている感じで、私より一回りくらい上かなと思う。身長は私と同じくらいで姿勢が良く、早足でズンズン歩いてくる感じはエネルギッシュで、日に焼けて健康そう。よく見ると少しだけ白髪はあるけど、なめらかで艶のある肌はシワも目立たない。血色が良くて目に輝きがあり、若くもないのに私よりよほど生命力に溢れている。
別に絶世の美女でもなければ都会的でもなく、服のセンスがいいわけでもない普通のおばさんなのに・・・私は強烈に羨ましくて、眩しいと感じた。
「止まってくれてありがとうございます。道に迷ってしまいまして。降りる道がたしかこっちやと思うたんやけど違うみたいで・・・この辺の人ですか?」
本当に困っているらしいことは、何となく分かった。確かにこの辺りの道は細い道が何本にも分かれているし、知らなければ道に迷うこともあると思う。もう随分前のことだけれど、私も慣れていなかった頃は迷った経験があったのを思い出した。
口頭で道を説明するには、何回か曲がらないといけないのに目印もほとんど無くて伝え辛い。メモなんて持ってないし。
「私もそろそろ帰るんで、一緒に下まで行きますね」
気が付いたらそう言っていた。
「いいんですか?ありがとうございます。めちゃくちゃ助かります」
「私が先行くんで、ついて来てくださいね」
この人が、心の底からものすごく喜んでいる様子が伝わってきた。かなり困っていたようで、人の姿を見て必死で呼び止めたということだったらしい。
辺りはどんどん暗くなってくるし、さっきからポツリポツリと雨が降り始めている。
一度邪魔が入ると、今からもう一度勇気を奮い起こして自殺を決行する気にもなれない。
まあいいか。一日くらい遅れたってどうということは無い。
ドアの鍵はかけずに来たけど、よほどのことが無ければ大家さんが勝手に開けて入ることは無いと思うし。遺書を書いて出たことはまだ誰も知らないはず。
封筒に入れたお金は引き出しの中に置いてあるけど。普段から昼間は鍵をかけない人が多い割に、泥棒が入ったことは過去一度も無いアパートだから多分大丈夫だと思うし。
今日はとりあえず家に帰ろう。
そう決めてしまうと、何故か少しホッとした。
死にたいという気持ちは今でも変わらないのに。
黙って歩いていく私の後ろを、彼女も黙ってついて来てくれた。
私の偏見もあるかもしれないけど、この世代のおばさんというのは相手が聞いていようがいまいがお構いなく機関銃のように喋りまくる人が多い。私は元々そういうタイプが苦手だし、ましてや自殺を考えている今、近所の噂話や家族親戚縁者の話を延々と聞かされたらたまったもんじゃない。
そうなったら最悪だなと内心思っていたけれど、その兆しは無いので安心した。
最初に呼びかけてきた声は大きかったしテンション高い感じに思えたのは、道に迷って焦っていて、なんとしても私に止まって欲しかったからだと分かった。
自転車を置いた場所まで20分ほど、その間に歩きながら話したことは、お互い何故ここに来たかということくらいだった。
私はまさか本当のことを言うわけにいかないし嘘をついたけれど。
彼女は、この時期しか見られない山桜の写真を撮りたくてここに来たと話した。すぐ近くに住んでいるけれど、山の中までは入ったことが無かったらしい。
多くの人が散歩コースにしているのも細い道に入る手前までだし、近くに住んでいるといってもそんなもんだろうと思う。
私も、万が人に会ってしまった時のカムフラージュ用に小型カメラを持って来ていた。実際は何も撮ってないけど。私も同じく桜の写真を撮りに来たと言うと、相手が怪しむ様子は全く無かった。
最初はポツリポツリだった雨が、歩いている間に少しずつ強くなってきていた。
自転車を置いている場所に着くまでの少しの間、彼女はウインドブレイカーを着てフードを被り、持ってきていた傘は私にさしかけてくれた。
私は雨具の用意など当然していなかった。二度と帰ってくるつもりは無かったのだから。
「どうもすみません」
「ここから自転車ですか?雨きついし、ちょっと雨宿りして行かはりません?傘も余分ありますし。私とこ、ここからすぐなんで」
「ありがとうございます。大丈夫です。そんなに遠くないんで・・・」
そう言いかけた時、さらに雨脚が強くなってきた。
遠くで雷の音まで聞こえる。
四月に入ったとは言ってもまだ肌寒い。
土砂降りの中を自転車で走ることを思うと少し憂鬱になった。
今から死のうと思っていたくせに、私はまだこんなことを思うのか・・・
「そしたらすみません。お言葉に甘えて、小降りになるまでだけ軒下ででも雨宿りさせてください」
気が付いたらそう言っていた。
「そんなこと言わんとなんぼでもゆっくりしていってくださいね。道教えてもらえへんかったら私なんか今頃この雨ん中で途方に暮れてたはずやし。ほんまに助かりました」
彼女の家 私はこの場所を知っている気がする
家に寄ってみたいと思ったのには、もう一つ理由があった。
この人と最初会った時、初めて会った気がしなかった。どこかで会った気がするのに、それがどこだったかいつのことなのか全く思い出せない。
彼女が私を見ても何も言わなかったところを見ると、思い過ごしなのかもしれないけど。
彼女も忘れているだけで実際は会った事があるのだとしたら、家に行けばもしかしたら、何か思い出せるかもしれない。
死のうと思っているくせに、何で今更こんなことが気になるのか分からないけど。
彼女の家はそこから本当にすぐで、自転車を押しながら歩いて2分もかからずに到着した。
細い路地を少し入った奥にあったのは、築年数も相当古そうな連棟の長屋で、昔ながらの町家の造りだった。建物の外観は私が今住んでいるアパートと似た感じなので、何となく親しみを覚える。
一人暮らしなのか家族が居る人なのか分からないけど、玄関前に取り付けられた郵便受けには「藤村」という姓が書かれている。この名前の知り合いは思い当たらない。
この女性が一人暮らしではないということは、玄関から入ってみてすぐに分かった。入って左側に傘立てと木製の靴箱が置いてあり、傘立てには男物女物両方の傘が数本、扉の無い形の靴箱にも男物女物両方の靴がいくつかある。
おそらく昔は土間だったものを改装したような作りで、玄関入ってすぐのスペースは広めに取ってあった。そこで靴を脱いで一段上に上がる感じで台所へと続いている。その奥には畳の部屋があって、ちゃぶ台が置いてあるのも見えた。
入った瞬間から、素朴だけど暖かい感じに心癒される気がした。
それと同時に、彼女と会った時最初に感じたのと同じ感覚に襲われた。
私はこの場所を知っている気がする。
初めて来たのではないような感じがするのに、この感覚がどこから来るのかまるで分からない。
私が住んでいる場所から自転車で来れる距離だから、近いと言えば近い。この近くを通った事は実際何度もあったと思う。だけど、この路地に入ったことは・・・どれだけ記憶を辿ってみても無かったと思う。普通の民家しか無い場所だし、ここに住んでいる誰かを訪ねて来る用事でも無ければ、わざわざ路地の中までは入らないし。
「何も無いですけどお茶ぐらい入れるんで。そこ座って待っといてくださいね」
「ほんとにすみません。ありがとうございます」
ちゃぶ台がある部屋の座布団に座って待っていると、すぐ隣の台所で彼女がお湯を沸かしてお茶を用意しているのが見える。
お茶を淹れてくれている様子をジロジロ見るのも悪いので、私は自然と今居る部屋の中を眺めた。
襖を取り払った仕切りの無い家で、玄関から中まで丸見だけれど、この部屋の奥は寝室なのかさすがに襖が閉まっていた。
この部屋にあるのはちゃぶ台と、木製の箪笥が一つだけ。大きな柱時計があり、箪笥の上には一輪挿しの花や小さな置物が、部屋の隅には観葉植物が置かれている。
シンプルだけれど殺風景ではなく温かみがあり、建物は古いのに掃除が行き届いていて清潔感もある。
最近までの私の部屋とは大違いだなと思うと、自分の現状がちょっと情けなくなってくる。
花瓶の横には写真立ても置いてあった。どこかへ出かけた時の家族写真らしい。小学生くらいの男の子を真ん中に、彼女とダンナさんらしき人が並んでいる。三人ともすごく楽しそうな笑顔の写真。今の彼女も写真そのままだし、おそらく最近の写真だと思う。梅の花が背景に写っているから、今年の2月くらいか・・・
胸の奥がズキンと痛んだ。
私が手に入れられなかったものを、この人は全部持っている。
最初見た時からエネルギーに溢れているように見えたけど。なるほど彼女の立場なら、そりゃあそうだろう。仲の良さそうなパートナーが居て、子供が居て、体も健康そうだし、それ程お金持ちには見えないけどちゃんと住む家があって暮らせてるわけだから。
何故か初めて会った気がしなかったけど、私の境遇とはまるで違う。別世界の人だ。
そう思うと胸が苦しくなって、早めにここから退散したいと思った。
お茶だけ一杯いただいたら、適当に理由をつけてすぐに帰ろう。今はたまたま家の中には彼女一人だけど、ダンナさんと息子さんがそのうち帰ってくるのかもしれない。
柱時計を見ると、6時を少し回ったところだ。ダンナさんは仕事で、息子さんは塾とか習い事とか行ってるのかも。二人が帰ってきて、幸せいっぱいの家族の日常なんか見せられたら耐えられない。
「ああ、それ、今年の冬に植物園の梅観に行った時の写真なんです。梅も終わって今はもう桜ですねぇ。早いわ」
お茶を持ってきてくれた彼女が、私が写真の方を見ているのに気が付いたようでそう言った。
考え事をしている時に急に話しかけられたのでビクッとなった。私は今、どんな表情をしているのか。
写真の方を向いているので、まともに顔を見られなくて助かった。
「いい写真ですね。。梅の花も綺麗に写ってるし幸せそうで。これからご主人も息子さんも帰って来はるんですね」
なんとか気を取り直して、さりげない感じで返事が出来たと思う。
「今日は息子はおじいちゃんおばあちゃんの家やし、夫も仕事帰りにそっちに寄ってから帰ってくるし、多分あと2時間ぐらいは誰も帰って来ないんで、ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます。けど家の方がちょっと気になって。お茶頂いたら失礼しますね。鍵かけて出て来たかなあって思って・・・」
半分本当の事なので、嘘っぽくは聞こえないと思う。
「私もそういうのよくありますよ。鍵もそうやし、ストーブ消し忘れてないかとか、ガスの火消したかとか」
彼女は笑って答えた。
「私だけやなくてよかったです。開けっ放しでも盗られるもんも無い部屋ですけど一応。真っ暗にならんうちに帰ります」
「それやったら帰る時傘持っていってくださいね。百均のビニール傘でそれも古いのやし、返さんでいいですよ」
「何から何まですみません」
「とんでもないです。こっちこそほんまに助かったんで。これ、黒豆茶です。お口に合うかわからんけど。どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
黒豆茶とは初めて聞いたお茶だけれど、クセが無くて飲みやすく、香りもいい。
「美味しいです」
本当にそう思ったので素直に伝えた。
「良かったです。私もそれ好きなんですけど、夫に教えてもらうまで知らんかって。最初は黒豆茶て何?って思いましたけど。美味しいだけやのうて、鉄分が多いし貧血にもいいらしいんです」
この人は貧血とは無縁な感じだけど、もしかして私の体調がバレてる?鉄剤の点滴に行ってから間もないし、今はマシなはずやけど・・・
私は無難に「そうなんですね」と答えた。
「体に良かっても飲みにくかったら嫌やけど、これは美味しいですね」
「それで私も、今は体調平気やのに美味しいし続けてずっと飲んでるんです。もう昔のことやけど若い頃は生理痛と貧血がめちゃくちゃ酷くて、それこそ何もかも嫌になるぐらいしんどかったんです」
「そうなんですね。今はすごくお元気そうですけど。体質変わることもあるんですね」
「食べ物だけでも随分違うみたいで。できる範囲でちょっとずつでも変えていったら、すぐにとはいかんけど気がついたら体質変わってて、あんなにしんどかったんがいつの間にか無くなってる感じで。やっぱり人間の体て食べ物で出来てるんやなあって思いましたねぇ。若い頃は全然知らんかったけど」
生理痛と貧血が酷いのは私も同じだから、偶然の一致に驚いた。女性ならそういう人が多いのかもしれないけど。
彼女はご主人と知り合ってから色々教えてもらったらしい。
私にもそういう人が居たら、最低一つは悩みが消えて、もしかしたら少しは人生変わってたかも。体の調子がいいか悪いかは、仕事とかお金とか全てにかかってくるし。
ゆっくり体質改善してるほど私には余裕ないし、どっちにしてももう無理やけど。
このお茶は体を温めてくれるようで、お腹からポカポカしてきてすごくリラックス出来る感じ。
結局もう一杯おかわりして、気が付いたら30分近く話し込んでいた。
彼女はギリギリ40代と言っていて、私よりちょうど20歳年上だった。見た目からはもっと若いと思ったけど。化粧っ気も無く外見のことなんて無頓着そうなのに、生き生きとした目の輝きや健康そうな様子から若く見えるのかも。
彼女の両親は早くに亡くなっていて、息子さんが今遊びに行っている「おじいちゃんおばあちゃんの所」というのはご主人の親の方だということ、ご主人は造園の仕事をしていて彼女もその仕事を手伝っているということが分かった。
彼女と話しているととても心地いい。
さっきまで死のうと思っていたことを一瞬忘れるほどに。
死のうと思うに至った原因が何一つ解決したわけではないし、ふと我にかえると「明日実行しなければ」と思うのは変わらないけど。
彼女は、私が年下だからといって上から目線で馴れ馴れしく話すわけでもなく、私のプライベートな事を詮索してもこなかった。この世代のおばさんというと皆んな図々しくてお節介で、相手かまわず機関銃のように喋りまくる人というイメージを持っていたことを、ちょっと申し訳なかったと思う。
彼女は特に家族自慢をすることもなく、聞けば自然にサラッと話してくれる感じに私はすごく好感を持った。
全てが幸せで満たされている人かと思ったら、両親が既に居ないというところは私と共通だった。
私は、差し支えないところだけ自分のことを話した。
高校を出て数ヶ月経った頃、父が事故で亡くなったこと。それからは母と二人で暮らしてきたけれど、その母も数年前から病気がちで去年亡くなったこと。母の体調が悪くなってきた時期と重なるように、私もその頃から生理痛が酷くなり出血量も多くて貧血気味だということ。
暗い話ばかりになっても良くないし、さすがにそれだけで終わらないようには気をつけた。
両親が生きていた頃、家族三人の仲は良かった。早くに親を亡くしたのは辛いけれど、いい思い出は沢山あるということも話した。
話しているうちに、物事って暗い面ばかりじゃないということにも気がついた。表面上は最悪に見えても。
今日いただいたお茶で、すごく体が温まって元気が出てきたことも伝えた。
だからといって何か問題が解決したわけではないけど。
運命の歯車というものがあるのなら、いつから狂い始めたんだろう。
運命の歯車が狂い始めたのはいつの頃からか・・・
※※※※※
子供の頃は間違いなく幸せだったと思う。貧乏した記憶も無い。日本全体が景気がいいのもあったと思うけど。
住んでいたアパートは、古いながらも住み心地は良かった。将来、広くて静かな場所に家を買うのが両親の夢で、私もそれが実現するのを楽しみにしていた。
高3の頃から付き合っていた同い年の彼とも順調に続いていたし、自然に結婚の話も出ていた。高校を卒業すると彼は地元の大学に進んで、私は近所のデザイン事務所で店番の仕事を見つけた。結婚してこの辺りに住むとしたら、仕事をそのまま続けられるとも思ったから。
私が就職して間もないころ、父が急病で亡くなった。私にとっては、本当にショックが大きかった。
けれど、この時はまだ私には、精神的に支えてくれる母が居たし彼が居た。
雲行きが怪しくなり始めたのは、多分このあとからだ。
公務員試験に合格した彼が地元で就職して、いよいよ結婚を考えようかという時に東京に転勤になった。
それでも最初のうちはまめに連絡をくれたし、お互い行き来して会うこともあった。
それがいつからか少しずつ、連絡の回数が減り、会うことも無くなり、ついには手紙を出しても返事が来なくなり電話が繋がらなくなった。
同じ頃に母の体調が悪くなり始めて、母が入院した時、私は思い切って仕事を辞めた。後悔したくなかったから。
私は一人っ子だし親戚付き合いは無かったし、両親が居なければ私は天涯孤独になる。父が亡くなった頃から、頭の片隅にはその不安があった。
母の病気が命に関わるものだと聞いた時、それでも何とかして助かって欲しいと願い続けた。
お金も時間も費やして病院から言われるままに治療を続けたけれど、母は少しも良くならなかった。
仕事を捨てようがお金を使い果たそうが、母が元気になってくれたなら何の後悔も無かったと思う。
でも現実はそうはいかず、母がどんどん弱っていってついに亡くなってしまった時、虚しさだけが残った。
金銭的なことを考えると、ゆっくり悲しんでさえいられない状況で、すぐ働かなければ生活が出来なくなる。以前の仕事は、私が辞めた後すぐ入った人が今も続けていて、そこに戻るという道は無かった。あの時辞めたのは自分なんだから仕方がない。
何でもいいからとにかく働かなければと色々やってみたものの、どれも続かなかった。ずっと同じ職場で電話番をしていた私には、出来ることが極端に少なかった。
パソコンのスキルも無い、接客や営業の経験も無い。車の免許もバイクの免許も無いから配達とかも無理。おまけに生理痛が酷くて毎月一週間以上は激痛に襲われるし、過多月経で貧血が酷くて体力も無いから、体力にものを言わせる仕事も難しい。
バイト先から「もう来なくていい」と言われるたびに、自分がどんどん価値のない人間になっていく気がした。
私は一体何をしてきたのかと、日々思った。
後先考えずに仕事を辞めてしまい、金銭的にも窮地に陥っている。
母のためだったと言っても、体にも負担のかかる辛い治療が、本当に母のためになっていたのか今では疑問しかない。生きて欲しいという私の願望のせいで、逆に母を苦しめたのではないかと思うと、ますます自分が許せなくなった。
仕事は続かず、どんなに節約しても貯蓄が減っていく不安に日々苛まれていた頃、さらにショックな出来事が起きた。
東京に居る彼が、先月他の人と結婚したという話が、共通の知り合いから入ってきた。
教えてくれた人は、私と彼が以前付き合ったことがあるだけでずっと前にもう別れていると思っていたようで、世間話の合間に何でもないことのように話した。
私の心の中では、遠からずそんなことになるのではないかという気持ちと、まだ信じたいという気持ちが揺れ動いていた頃だ。
他の人を好きになったなら仕方ないとしても、せめて自分の口から話して欲しかった。言いにくければ手紙でも良かったのに。
私は彼にとって、そうするだけの価値さえも無い人間だということなのか。
教えてくれた人は何も悪くないし、私は話を合わせて何でもないフリをして聞いた。本当は早く家に帰って一人になって、思う存分泣きたかった。
起きてほしくない事が重なる時は、とことん重なるものらしい。
あと何ヶ月無事に家賃が払えるかと考えていた時、このアパートを取り壊すということを伝えられた。
考えてみれば仕方ないことで、一階と二階に六戸ずつある部屋の中で、まだ住んでいるのは私ともう一人だけなのだから。私が子供の頃は満室だったアパートも、年数が経つと当然古くなり、お金に余裕のある人は次々と出ていった。空室が多くなると建物は老朽化して度々不具合が出る。
大家さんとしては手放したいに決まっている。
それでも住んでいる私達のことを考えて、少しでも長く頑張ろうと思ってくれていたことは、言われなくてもよくわかっていた。
取り壊しの件も突然言われたわけではなく、いずれはこういうことになるかもしれないというのは、数年前から伝えてくれていたし。その頃の私が、母の病気のことで頭がいっぱいで、話半分にしか聞いていなかっただけだ。
大家さん夫婦には、住んでいる間十分に良くしてもらったし、取り壊しの事を伝える時も、何度も「本当にすまないねぇ」と言ってくれた。
退去の期限まで半年あったけれど、私はすぐに次の住居を探し始めた。
けれど、定職も無く保証人も居ない私に、借りられる物件は見つからなかった。
親戚縁者は居ないし、保証人を頼めるほど親しい友人も居ない。高校生の頃親しかった数人の友達も、結婚したり就職で遠くに引っ越したりしていつのまにか疎遠になっている。
今の現状を相談出来る友人さえ、私には居なかった。
無条件に私を愛してくれた両親はもう居ないし、私はどこの仕事場でも必要とされないし、誰からも必要とされていない。お金も、住む家も、仕事も、家族も、頼れる人も居ない。
それでもせめて健康に自信があれば、ホームレスになっても生き抜くぐらいの根性はあったかもしれないけど。
※※※※※
生きる気力を失うに至るまでの経緯は、とても初対面の人に言える内容ではない。話したところで、聞いた人を暗い気持ちにさせるだけで何もいい事なんて無いし。
お茶をいただいて話している間に雨も小雨程度に弱まってきたので、私はお礼を言い、そろそろ帰りますと伝えた。
「こちらこそほんまにありがとうございました。おかげさまで大雨になる前に帰れたし助かりました。もしまた近くまで来られる事あったら寄ってくださいね」
彼女はそう言って、二つ折りにしたメモ用紙のようなのを渡してくれた。
連絡先を教えてくれたのかと思う。
「ありがとうございます」
ここで断るのもかえって失礼かと思い、私は受け取った。
この命を終わりにすることを決めているのだから、二度と来ることは無いと分かっているけれど。
私が立ち上がった時、玄関のチャイムが鳴った。
誰か来たらしい。
「すみません。ちょっとだけ待ってもらっていいですか?」
「はい。大丈夫です」
そこまで急ぐわけではないし、私はそう答えた。
玄関に向かって「はーい」と返事をして、彼女が出て行った。
知り合いでも訪ねて来たのか、親し気な感じで何か話しているのが聞こえる。
私に気を遣ってくれたのか、彼女は玄関の外まで出て扉を閉めていた。
立ったまま部屋で待っていると、さっき見た箪笥の上の写真が目に入った。
玄関の扉は閉まっているから、彼女から私の様子は見えないはず。それに今は、訪ねて来た誰かとの話に集中していると思う。
一瞬迷ったあと、私は鞄からカメラを取り出して、箪笥の上の写真に向かってシャッターを押した。
彼女とは会ったことがある気がするし、この家に入った時も知っている場所のような気がした。
それなのに、何故そう感じるのか全然分からない。
どんなに記憶を辿っても、どうしても思い出せない。
彼女とここで話している間も、ずっとそのことが気になって仕方がなかった。
明日死のうと思っているくせに。、何で今更そんな事が気になるのか自分でも分からないけれど。
無断で撮るのが良くない事なのはわかっていても、本人に直接「写真撮らせてください」とも言いにくいし、新手の勧誘が何かと勘違いされたくないし。
「お金や物を盗むとかじゃないし、まあいいか・・・」
明日になっても思い出せなかったら、このフィルムごと処分すればいい。
二分か三分ほど玄関で話しただけで、訪問者は帰って行った。
「すみませんでした。お待たせして」
「大丈夫です。そこまで急いでないので。ありがとうございました。失礼します」
「こちらこそ。ありがとうございました。お気をつけて」
パラパラ降っている程度の弱い雨だったので、私は自転車に乗って家に帰った。
彼女も私を知っている?
ドアの鍵をかけずに出てきたとこが、何よりも真っ先に気になっていた。
遺書を置いてきたわけだから。万が一にも誰かがドアを開けて中を見ていたら、最悪の場合警察に連絡が入っているかもしれない。
そこにのこのこ帰ってきたとあっては、間抜けにもほどがある。大家さんに対しても、ものすごく迷惑になるし。
私は外階段を駆け上がり、大丈夫でありますようにと祈りながら部屋のドアを開けた。
置いたままの遺書が目に飛び込んできた。
良かった。出た時のままの位置から動いていない。
念のために中を確かめたけれど、大丈夫だった。人が触った形跡は無いし、私が居ない間誰にも見られずに済んだらしい。
今夜はもう普通に寝て、明日もう一度実行するしかない。今度こそ人に会わないようにしなければ。
同じ方法を取る勇気があるかどうかも問題だけれど。
私は床の上に鞄を放り出して、そのまま寝転んだ。
すでに机もベッドも処分したから、部屋には家具と言える物は何も無い。出来る限り荷物を少なくしておかないと迷惑がかかるし、ゴミの日にそのまま捨てられるような物しか残していなかった。
まさかここでもう一泊することになろうとは・・・
何をするでもなく寝転んで天井を見つめていると、今日あったことが次々と頭に浮かんできた。
遺書を書いて、今日限りでこの人生を終わりにする決意で出かけたのに。
いざ実行しようと思うと、ものすごく怖くて体の震えが止まらなかった。
痛みや苦しみが一番少ない自殺の方法のはずなのに。それでも恐ろしかった。
ロープが切れて失敗して落ちた時、認めたくないけれど私はどこかでホッとしていた。
落ちた時の痛みで「ああ自分は生きているんだ」と一瞬感じてしまった。
今の状況を考えると、死ぬより他に方法があるとは思えないのに。生きる勇気も死ぬ勇気も無いなんて最低だと思う。
そういえば・・・昭和天皇が崩御して年号が平成に変わったというので、世間では今そのニュースでもちきりだ。
荷物を減らすためにテレビは最近処分したし、もっと前から節約のために新聞も止めたから詳しい事は知らないけど。街を歩いているだけでも、度々その話題が聞こえてくる。
昭和の終わりと共に自分の人生も終わったというので自殺する人は、何人か出たらしい。明治大正の頃よりはずっと少ないみたいだけど。そういう理由で見事に死ねるというのも羨ましい気がする。
それに比べて私は、生活がやっていけなくなったという情けない理由で、しかも潔く死ぬ事も出来なくてまだグズグズしている。
今日偶然会ったあの女の人のことは、以前どこで会ったのかまだ思い出せない。
「明日思い出せなかったらフィルムごと処分しよう」と、あの時思ったけど・・・写真を現像してからそれを見て思い出そうと試みるなら、明日では日数的に不可能だ。
そのことを分かっているくせに写真を撮って「明日思い出せなかったら・・・」などと自分に言い訳をしている私は、なんだかんだと理由をつけて、無意識に自殺する日を後に延ばそうとしているのかもしれない。
ますますもってなさけない事この上無しだ。
あの女性のことを考えていたら、渡されたメモの事を思い出した。おそらく連絡先だと思うけど。
連絡することはもう無いのだし、処分しておかないとあの人に迷惑がかかってしまう。私が死んだ時、知り合いと間違われて警察から連絡が入ったりしたら大変だ。
お茶をご馳走になって、わずかな時間だけれどゆっくりリラックス出来る時間をあの家で過ごせた。
そのことには感謝しているのに、恩を仇で返すことになってしまう。
私は鞄の中からそのメモを取り出して、開いてみた。
処分するにしても、見もしないで捨てるのは失礼な気がしたから。
ちゃんと見て確認して、初対面の私に連絡先をくれた事に心の中で感謝して、それから捨てようと思った。
「え?何これ?」
メモに書かれていたのは連絡先ではなかった。
名前でも住所でも電話番号でもない。短い手紙のような文章が、そこには書かれていた。
【最悪と思える状況で、もう終わりにしたいと頭で考えても「命を捨てるのが怖い」と思う時は、心の奥底では「まだ生きていたい」と叫んでいるはず。生きるとはっきり決めたなら、その方法も不思議と目の前に現れてくるからきっと大丈夫です】
「これって・・・私に向けた手紙?」
何であの人は、今の私の状況とか、死のうと思っていることまで知っているのか。
そんな話は全然しなかったのに。
両親がもう居ないこととか、生理痛が酷くて体調が良くない事くらいはたしか話したけど。
そんなに重くならないようにサラッと話したつもりだった。
死ぬしかないというところまで思い詰めている状況とは、まさか気付かれるわけないと思ったけど。
実際、私と話している間は彼女も、それに気が付いているようなそぶりは全く見せなかった。
ここに書かれている通り私は、最悪の状況が続いていて、人生を終わりにしたいと思っている。
その癖、いざ実行するとなると死ぬ事がものすごく恐ろしかった。これもその通りだ。
「私の考えている内容まで、あの人は知ってる?」
人の思考を読む能力を持っている人も、存在すると聞いたことがある。もしかしたらそういう類の人なのかもしれない。見た目は全然、そんな雰囲気ではなかったけど。
神秘的なところとか神がかったところなんて全く無かったし、元気そうな普通のおばさんに見えた。
だけど人って表面だけ見ても分からないものだし。
それにしても・・・あの人を最初に見た時に感じた、あの感覚は何だったのか?私はこの人に会ったことがあると感じた。
あの家に行った時も。同じ感覚が私を襲った。
私は彼女を知っているし、あの家も知っている。
確かにそう感じたのに、それ以上は何も思い出せない。
続く

