小説 妖獣ねこまた 13

小説 妖獣ねこまた

山の洞窟で暮らす少女との出会い

8月11日

この前の事があってから、外へ出る時は周りを警戒するようになった。
寝室でも、手を伸ばせばすぐ取れる場所に木刀を置いている。
本当は平和にのんびりと暮らしたいのに。
あいつらは、何に対しても力で排除しようとしてくる。
本気で確実に遂行しようというより、それにビビってこっちが出て行くのを待つ、脅しの意味もあるのかもしれない。
けれど最近はそれに対して、負けないぞと意地になる気持ちが無くなってきた。
つまらない事にエネルギーを使うより、ここを出ても新しい場所で、また楽しく暮らせばいいと思う。
昨日は再び山の奥まで行ってきた。
数日前にリキと犬達で行っていて、人が暮らしているらしき跡を見つけたということだったから。今回のメンバーは、リキと俺の他に喜助さん、良太君、犬のシロ。
途中まで車で行って、獣道に入る手前からはリキが大きくなって皆を乗せてくれた。
門番は、俺のことを覚えていてくれた。
ここを通る者は多くないし、人間は特に珍しいと言う。
喜助さんも良太君も犬のシロも、門番の姿が見えるようで「こんにちは」と声をかけていた。
二人も俺と同じく、常にリキと一緒にいたり猫の会合に参加している間に、色々な物が見えるようになった様子。
テレパシーの会話が出来るようになるのと同じように、これも自然に身につくようだ。

前回と同じく門番が入り口を開けてくれて、緑のカーテンをくぐって中に入り、螺旋階段を降りて行く。良太君は、森の奥に入った時からずっと楽しそうで好奇心で目がキラキラしていた。
俺は、最初来た時は驚いたり固まったりしてたけど、さすが若いなあと思った。
階段を降り切って今度は登りになると、リキが再び大きくなって皆を乗せてくれた。
シロは走る方が楽しいようで、光る布の階段を走ってついてきていた。
通路の終点には緑色のカーテンがあり、そこを抜けると目的地に着いた。
こっちには門番が居るわけじゃなくて、内側から見るとカーテンがあり、そこを開けて出たらカーテンはもう消えている。
}外に出ると、手付かずの自然の風景が広がっているのも、前に見た時のままだった。
二度目でも、変わらず感動する。
喜助さんも良太君も、この風景に圧倒されたようで、しばらく立ちすくんで眺めていた。
森の息遣いが聞こえる。
それに呼吸を合わせて、ただ立っているだけで最高に心地よくて、自然に抱かれている感覚。
前回にも見たけれど、植物の葉の影から、とても小さいけれど人間に近い形の生き物が顔を出していたり草の蔓にぶら下がっていた。
フワフワとした白い毛の固まりの様な生き物は植物の周りを飛んでいて、彼らは丸い目と尻尾を持っている。
今回来たメンバー全員、彼らの存在が見えるらしい。
彼らを怖がらせないように、邪魔しないようにそっと眺めた。

前回リキ達が焚き火の跡を見つけたあたりを、皆で手分けして探した。
三十分くらい経った頃、洞窟のような所から煙が出ているのを見付けた良太君から「人が居るらしいのを発見」という連絡が入った。

洞窟の中から出てきた少女は、まだ十代前半くらいの子供だった。
良太君より少し年下位な感じ。
日に焼けた褐色の肌、真っ黒な髪と黒目がちな目が印象的。
背も特に高くはないし、どちらかというと痩せているのに、何故かとても逞しい感じがした。
聞けば、何とここに一人で住んで居ると言う。
元々親は居なくて、施設の暮らしが合わなくて逃げて来たらしい。
一人で山で暮らすようになり、もうすでに一年以上経ったということだった。
それを聞けば、逞しくもなるだろうなと納得した。

良太君とはすぐに仲良くなれたようで、二人で楽しそうに話していた。
少女の名前は琴音といって、年は十四歳だった。
ここで生きていけるくらいだから、ここには水も食べ物もあるに違いない。
俺達も山で暮らしたいとは思っているけれど、この場所はこの少女のテリトリーなのかもしれないし、むやみに踏み込むわけにはいかない。

「山の主が、今のところ見守ってくれてるみたいだな」
リキから伝わって来た。
「今日は出てこないんだなって俺も思ってた」
「だから見守ってくれてるってこと。怒りに触れたなら、出てくるからね。琴音ちゃんは一年以上ここに居られるということは、山の主達も彼女を認めたんだと思う」

なるほどと思った。
俺達には、山の主との約束もある。
自分達が村を捨てるのはいいとして、開発が山の中まで及ばないように、そこだけは止めないといけない。
どうやるかはこれから考えるしかない。
琴音ちゃんが許可してくれたので、喜助さんと良太君とシロは、山に残ることになった。
あの地震で、元々住んでいた家は倒壊し畑も使えない状態になっている。村に戻らないといけない理由も無いし、それなら山で暮らしてみる事の方が、興味があると言っていた。

俺とリキは、琴音ちゃんの案内で数時間、辺りを散策してから村に戻った。
たしかに山には、小川あるし食べられそうな物が沢山あった。
山奥でも困らずに生きていけるイメージが固まった。
今回も行って良かったと思う。

※ ※ ※

琴音は、自分の住居に二人を案内した。
少し離れた所から見た限りでは、そこに住居があるとは分からない。
近付いてみると、元々洞窟だった場所を活かしてうまく作られている住居の入り口が見えた。
入り口と言っても門や扉があるわけではない。
丈の高い草花が左右に生えていて、太い木の枝と布を組み合わせて入り口の仕切りが作ってある。「これって危なくないの?」
良太が聞いた。
野生の獣なんて沢山居そうな場所だし、今までよく大丈夫でいられたなと正直思った。
「危ない?そういえばそうかもね。あんまり考えたこと無かったけど」
「この辺りだと、狼とか熊とか猪とか・・・」
「今んとこそういう怖い目に遭ったことは無いかな。安全かって聞かれると、そうじゃないかもしれないけど。人間もね、他の生き物達と何も違わないって思ってるから。他の生き物達は、身の危険を感じた時と、お腹が空いた時以外襲ってこない。こっちから攻撃しない限り普段は平和だし、それでも襲ってくる時はお腹が空いてるんだから仕方ないよね」
琴音は、当たり前のことのようにそう言った。
逆に、身の危険を感じているわけでもお腹が空いているわけでもないのに、当たり前のように他の生き物を襲うのが人間。
それを言っているようにも、良太には感じられた。
だとしてもその通りだなと思った。
他の動物や植物を、自分が生きるのに必要とする分以上に、取れるだけ取って商品として売るビジネス。レジャーとして楽しむハンティング。
琴音はそういう事とは無縁で、自分自身も自然の中の一部として生きている。他の存在達と同じように。これが本来、自然な生き方なんだなと良太は思った。

喜助が、食べられそうな草を集めてきていた。
この季節は野草も元気でよく育っているので、採れる物も多い。
ツユクサやアオミズ、ウワバミソウなどが見つかった。
出かけてきた時点では今日のうちに村へ戻るつもりでいたから、今日の分の弁当くらいしか無くてそれでは足りない。
持ってきた握り飯などは、琴音がいつも使っているという平らな石の上に並べた。
取ってきた野草は、そのままで食べられる物もあり、スープにしたり茹でたりしても美味しく食べられる。
琴音が普段調理するのに使っているのは、石を積んで作った囲いだった。
その中に乾いた小枝や枯れ葉を入れて、喜助がライターで火をつけた。
「普段はどうやって火をつけるんだ?何も無さそうだけど」
喜助が、琴音の方を見て聞いた。
「ここに来る時に虫眼鏡持ってきたから。これは元々私の持ち物だから、施設から盗んだんじゃないしいいかなぁって。便利だよ」
「そういえば、学校の理科の時間に習ったようなやつ?虫眼鏡で光を集めたら紙が焦げるとか。燃えるまでやってみたことは無かったけど」
「危ないとか言ってやらせてくれないよね。私は古新聞も持ってきたんだけど、それを使った。どうせ捨てる物だから、これだったら持ってきてもいいかなぁって。夏はあんまり火使わなかったし、持ってきた分で今までちょうど足りたんだよね。燃えやすいように黒のマジックで塗ったり、丸めて皺作ったり色々工夫してけっこう何とかなったよ」
「ちょうど新聞紙が無くなったタイミングで俺達が来たってわけか。ライターだったら何本か持ってるから使ってくれ」
喜助が言った。
「ありがとう。使わせてもらう」

「必要な物は必要な時に・・・か。食べ物にしても、道具にしても同じなんだな」
良太は、大切なことに気がついたようにそう言った。
「そういうこと。無理やり頑張ることって無いと思うよ。他の生き物達だってね、人間みたいに色々悩んだりあくせく働いてないけど、誰も困ってないからね」
「その通りだな」
「考えたら当たり前なのに、忘れてたかも」
琴音は、自然に生えている木から果物が取れる事も教えてくれた。

「畑とか作って何か植えようとかは思わなかったの?」
良太は、その事も気になっていたので聞いてみた。
「自然に生えてる物で、食べられる物ってけっこうあるんだよね。さっき自分で言ったじゃない。必要な物は必要な時に必要な分だけ手に入る。頑張って作らなくても大抵間に合うから」
「そうなんだね。俺も田舎で育ったから自然と寄り添って生きてるつもりだったけど・・・頑張って作らなくても食べていけるんだ」
「自分が今日必要な物はね。なんでか分からないけど、手に入るんだよね。だから、ここへ来て何も食べられない日って無かったかな。そういえば。冬はさすがに食べ物少ないんだけど、ごろごろ寝てる事が多いから大してお腹空かないんだよね」
琴音はそう言って笑った。
「言われたらそうだよな。冬は日没も早いし日の出も遅いし。喜助さんも俺もシロも、冬の方がたしかに睡眠時間長くなって、夏になると自然に早く起きてる。食べるのは冬でもけっこう食べてるけど」
「美味しい食べ物が近くに沢山あるから、見たら欲しくなるんじゃない?」
「そうかも。体じゃなくて脳が欲しがってるのかも」

この地域の気候は、冬の寒さが北国ほど厳しくはない。
山の方では真冬には時々雪が降るけれど、外を歩くのに難儀するほど積もることはまず無いし、遭難して凍死するような恐れも無い。
琴音が言うには、真冬でも生えている草花はあるらしい。
秋の間に取って残しておいた物もあったし、出る時に持ってきた飴やガムを冬まで残して少しずつ食べたということだった。

「施設を出ようと思ったのは小学校の終わりくらいからだったから。飴とかガムとか、かさばらなくて保存出来る物が出た時は食べないで取っといたんだよね。それとか、他の子と交換したりしてね。パンとかお菓子とか大きくてお腹いっぱいになる物の方が皆んな欲しがるから喜んで交換してくれるし」
「けっこう計画的だったんだね」
「ずる賢いだけかもしれないけど。よく言えば生きる知恵かも」

犬のシロが、琴音の手の甲をペロペロ舐めて尻尾を降っている。
「シロも琴音ちゃんが好きみたいだね」
「そうなの?シロ」
琴音は嬉しそうに笑って、シロの首のあたりをワシャワシャと撫でた。
「ここで暮らしてるとね、色んな動物とか虫とか来てくれて、一人でも寂しいって気が全然しないんだよね。最初はどうなるかなあって思ったんだけど。話しかけたら答えてくれるし、だから友達は周りに沢山いる。食べ物も、自然の中にちゃんと用意されてる。ものすごくお腹空いてきたら、食べられる物がどれかも何となく分かるんだよね。山に一ヶ月位いると、色々分かってくるから面白いよ。暗い時でも物が見えるようになるし、遠くまで見えるようになる。それもあって怖さが少ないのかも。そういえば最初の一週間くらいは怖かったかな。だから、出来るだけ日が暮れるのが遅い夏至の頃を選んで施設を出てきたし」
「凄いね。山に居ると視力まで変わるんだ。今が8月だから、ちょうど1年ちょっとぐらいなんだね」
「持ってきた食べ物が完全に尽きたのが、春くらいだったんだけど。冬は越せたし何とかなるもんだね」
「持ってきたのって飴とガム?」
「あとは金平糖とか、黒砂糖のお菓子とか。塩は、中学になってから月千円のお小遣いがあったからそれで買った。自然塩って体にとって一番大事みたいだから。あと、クッキーとか煎餅もあったけど最初の方で食べちゃった」

山の中で一人で住んでいたというのを最初に聞いた時は、きっと大変だっに違いないと良太も喜助も思っていた。
けれど琴音が話すのを聞いていると、そこに悲壮感は全く感じられなかった。
ボストンバッグに詰められるだけの服と食糧を詰めて、夜更けに一人で出てきたと言う。
今まで世話になったお礼と「ごめんなさい」と書いた手紙を置いてきたから、自分の意思で出て行った事は伝わったと思うと琴音は話した。
都会で一人で生きるより山の方に行くのは最初から決めていて、その場合水をどうするか、食べ物をどうするかなど一年以上前から考えていたと話した。
琴音の話を聞いた良太と喜助は、山で逞しく生きていく琴音の日々の生活の様子を、ありありと想像することが出来た。琴音は話すのも上手いらしい。
話に出てくる琴音の強かな生活力には、悲壮どころか明るささえ感じられた。

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