小説 妖獣ねこまた 10

小説 妖獣ねこまた

山の主との話

「それで?お前も同じ事を頼みに来たということか?」
白狼から和人に質問がきた。
「はい。そうです」

「一度は開発を止めることが出来たが、また始まってしまったということは、約束を守れたのはここまでという事だな」
「この程度の期間か」
「時間の流れの感じ方が、我々とは違うのかもしれないが」
山の主達は、三体でやり取りし始めた。
自分に向けられている会話でなくても、和人には内容が分かった。
猫の会議に参加した時と変わらないテレパシーの会話。
さっき見たのが、タネ婆さんが二十歳くらいの時の場面だとすると・・・七十年以上前のことか。タネ婆さんに聞いた話でも、その頃にタネ婆さんと何人かの村人達が頑張って開発を止めて、それから最近までの間は平和が保てた。けれどまた同じような状況がやってきたということは、たしかに山の主の言うように、約束が守られたのはここまでということになる。
そんなことを和人が考えていると、それはそのまま伝わっているらしく、白狼から言葉が伝わってきた。
「若い娘だった人間が老人になるまでの期間という事は、人間の感覚からするとそれなりの年月のようだな」
さっきまでは和人やリキが居ても無視して三体で話していたけれど、和人が彼らに意識を向けると、思考を受け取るらしい。

「もう一度だけ待ってやろう」
数秒後、三体の山の主達から、はっきりと伝わってきた。
「ありがとうございます」
和人は深々と頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げた。
その間に、目の前に居た山の主達の気配がフッと消えたのを感じた。
慌てて辺りを見回しても、もう影も形も無い。
「え?消えた?特に鳥の形の山の主は、出て来る時は派手だったけど」
「来る時は、自分達を見て恐れないか試してるのかも。承諾してくれたみたいだし、とりあえずは良かったな」
「そうだな。とりあえずは。約束したからにぱ実行しないといけないし、これからだけど」
「皆のところへ戻って相談しよう」
リキは和人を乗せて走り、白い階段を駆け降りた。

今度は来た時と逆に、狭くて歩くしかない螺旋階段の方が上りになるがら、ここからはきつそうだと和人は覚悟した。
体力に自信が無いわけではないけれど、この階段はおそろしく長い。
そう思っていると、リキが上に向かって呼びかけた。
「そっちへ出たいんだけど。頼める?」
「いいけど」
門番から答えが返ってきたらしい。数秒後、上からスルスルと何かが伸びてきた。
「何だ?あれっもしかして木の根っこ?」
和人は、ぼーっと上を見上げたまま固まってしまった。
はるか上の方から、まるで生き物のようにスルスルと伸びてくる木の根っこらしき物。
山の主を見た時も驚いたけれど、それとはまた違う感じのインパクトがあった。
あっという間に、それは和人の目の前まで下りて来た。
近くで見ても、やっぱりそれは木の根っこだった。恐ろしく長い。
「人間の体力では上まで上がるの大変だろ。だから門番に頼んだ。一気に上がるから落ちないようにしっかりつかまってろよ」
リキが伝えてきた。

見れば片手で掴み切れないくらい太さのある木の根っこで、自分がぶら下がっても切れる心配は無さそうだと和人は思った。
木の根っこを両手でしっかり掴み、さらに足を巻き付けてしがみつく体勢を取った時、グンと上に引っ張り上げられた。
そのままスルスルと上に上がっていく。
スピードはあるけれど、そんなに揺れないので怖さは無かった。
この間リキは、小さく縮んで和人の頭の上に乗っていた。

入り口にある切り株は門番の体の一部だと、リキが言っていた事を和人は思い出した。
それで階段も作っていたわけだから、こういう物が出来ても不思議ではない。
木の根っこは、門番の意志で自由に伸び縮みさせられるらしい。
体の一部なんだから当然というところか。

和人がそんな事を思っているうちに、つかまっている木の根っこはどんどん縮んでいき、上まで運んでくれた。
来た時と同じく途中からは明かりが灯っていて暗くはなく、終点が近づくと天井がスッと割れた。下から見ると天井だけれど、入り口から門番の体の中に入った時は床だった所だ。その割れ目を抜けて中へと戻ったと思ったら、木の根っこばスルスルと細くなって消えた。
門番に礼を言って外へ出て、すぐにリキは大きくなって和人を乗せた。
「タネ婆さんの家に、皆んなまだ居るかな?」
 「そんなに時間経ってないし居るんじゃないかな」
和人が時間を確認すると、夕方の六時を回ったところだった。

人工地震?!

来た時と同じように獣道を走り、もうすぐ山を抜けるというあたりまで来た時、突然地面が揺れた。
下からドーンと突き上げるような揺れが来て、そのあと今度は激しい横揺れが始まった。

最初の衝撃でリキの背中から落ちた和人は、草の上を転がって木の幹にしがみついた。
幸運な事に、地面が柔らかく草が生えている場所だったので、ほとんど怪我はしなかった。

地面はまだ激しく揺れていて、立ち上がることは出来ない。
姿勢を低くしたまま顔を上げると、リキの腹の毛が見えた。
リキが、和人の体を守るように立っている。
「地震だ!リキ!危ないから伏せて!」 
「普通の動物じゃないし俺は大丈夫だよ。妖怪だから」

数十秒経って、地震の揺れはおさまった。
和人は立ち上がって、服の泥を叩いた。
手足を多少擦りむいた程度で、怪我らしい怪我はしていない。
「ありがとう。リキ」
「俺が守らなくても大した事なかったよ。この辺りはそう被害はないみたいだな。木がしっかり根を張ってるし」
「村の方が心配だな」
「早く戻ろう」

再び和人がリキの背中に乗って、山を抜け、車道まで出た。
しばらく行くと、道路脇の斜面が崩れて土砂で道が塞がっていた。
普通なら通れないその場所を、リキは難なく駆け上がり、飛び降りた。
この場所でこれだけ崩れているということは、村はどうなっているのか。
和人もリキも同じ思いで、一刻も早く村へ戻りたかった。

村に近づくと、煙が上がっているのが見えた。
地震が原因で火災が発生しているらしい。
ちょうど夕食時だったので、料理で火を使っている家が多かったのかもしれない。
最悪の事態を見たくないと思いながら、でも行かなければと和人は思った。
和人は、生まれてから今日までずっと、この村で生きてきた。
数十人しか居ない村人達とは全員顔見知りで、深い人間関係もあるし家族のようなものだ。
どうか誰も命を落としたりしていませんようにと、心の中で祈った。山道を抜けて、村までの道を急いだ。途中からリキは、普通の猫の大きさになって和人の横を走っている。

村に着いてみると、辺りの風景は一変していた。
あちこちに倒壊した家屋があり、燃えている家もある。
途中の道が塞がっているため、外からの救助も遅れているに違いない。
家からホースを引いてきたり消化器を持ってきて、自分達で出来る限り火を消そうと頑張っている人達の姿も見えた。
怪我して倒れている人は居ないか確認しつつ、和人とリキは村の奥へ進んだ。
和人の家は村で一番広くて、緊急時には避難所として使ってもらえるよう解放しているので、まずは自宅へと向かった。

和人の自宅には、今日タネ婆さんの家に集まっていたメンバーも全員来ていた。
玄関の近くに居た寿江と一番先に顔を合わせたので、和人は状況を聞いた。
自分達は全員無事だったので、困っている人が居たら手伝おうとここに来たという事だった。
タネ婆さんの家も土台がしっかりしていて、かなり揺れたけれど建物は無事で、その時は火も使っていなかったし被害はほとんど無かったと言う。
しかし村全体では、地震で建物の下敷きになって亡くなった人が二名。タネ婆さんの次に高齢で、それでも現役で畑仕事をするほど元気だった夫婦が二人とも亡くなってしまった。
怪我人は十数人居るけれど、幸いはことに重傷者は居なかった。

村の危機を救おうと思って山の主に会ってきたのに、その間にまさかこんな事が起きようとは、和人にとっても完全に予想外だった。
けれど・・・地震があったことで、開発の予定はもしかしたら無くなるのでは?開発を考える場所として地震が起きやすい地域など避けたいだろうから・・・和人は、そんな事も考えた。
考えた事はリキに伝わるので、すぐ答えが返ってきた。
「そう簡単じゃないかもしれないぞ。俺も、猫達からの情報で色々聞いている。開発が進んでいる他の地域でも、地震が起きたり集中豪雨で土砂崩れが起きたりしている例は沢山ある。そこが開発の候補地に上がって、なぜかそのあとしばらくして、まるで狙ったように自然災害が起きている。今年に入ってからで既に五ヶ所。去年からも合わせるともっと多い。この地震が本当に自然なのかどうか・・・」
「自然じゃないって・・・まさか。そこまでやる?それにそんな事出来るのかよ」
「人工的に気象を操作することも、地震を起こすことも、技術的には今は可能らしい。ある程度の広さの土地を手っ取り早く空けるには、こういったやり方が一番早いからな」
「けどそんな事したら人が死んだりとか・・・」
「あいつらはそんな事気にしてないと思う。あいつらって言っても、説明会に来たような人間は上から言われてやってるだけだから、そんな事は知らないと思うけど。全体を動かしてる、もっと上のやつら」
「もしそうだとしたら、やることがあまりにもえげつないんだけど」
「雨の降り方や地震の揺れ方が、自然に発生するものとは違うらしい。動物はそういうの感覚で分かるし、人間でも、波形を調べたりしてるやつは知ってるみたいだぜ」
最初聞いた時はまさかと思ったけれど、少し考えてみれば、あり得ない事では無いなと和人は思った。たしかにこのところ、やたらと自然災害が多かった。
この村は年寄りが多いから、雨の降り方や地震の揺れ方などが昔とは全然違うという事にも気が付いていて、その事は何度も聞いている。
それに、開発候補地に限って次々と自然災害に見舞われるというのも・・・一回二回なら偶然ということもあるが、そこまで続くとさすがに不自然さを感じざるをえない。

「最終手段としては、村を捨てるしかないかもしれないね」
近くに居たタネ婆さんが言った。
そのあとに続けて、和人とリキにだけ聞こえるくらいに小声で尋ねた。
「山の主には会ってきたのかい?」
「会ってきたよ。過去の場面も見せてもらった。俺より前に交渉に行った、タネ婆さんの若い頃も見た」
「もう何十年も昔の話だねぇ」
「今回も、もう一度だけ待つって約束してくれたよ」
「そうかい。良かった。さっきの話だけど、最悪村を捨てる事になっても、開発が山の方に及ばなければ約束は守った事になる」
「そういう事だね」
「今回の地震で、多くの家が潰れた。住み続けられる者は少ないかもしれない」

タネ婆さんの家や、他の壊れていない家から持ち寄った物で、皆で夕食を済ませた。
食べ物が普通に食べられただけでも本当に助かったと、全員が思った。
猫達も、他の動物達も、和人の家に移動してきていた。
本当なら今日は、タネ婆さんの家で猫の会議があるはずだったから。
今度は和人の家の中の一部屋が、猫が敷き詰められたような状態になっている。

和人は猫達の会話を聞くことが出来るので、中に入って一緒に聞いた。
リキも和人の横に居る。
「人間ってやっぱりろくでもない事ばっかりやってくれるねぇ」
「手っ取り早く土地を空けたいんじゃない?やり方めちゃくちゃだけど」
「この辺も住みにくくなってきたし、これからどうしようかねぇ」
「いっそ山に住む?」
「山までは邪魔しに来ないといいけど」
猫達の間でも、村を捨てて山に住む話が出てきている。

「さっきは、タネ婆さんもそんな事言ってたし・・・リキはどう思う?」
「村を守るのはもう無理かもしれないな。ここは捨てて、そのかわり山から向こうは絶対に守る。この方が現実的かもしれない」
「そうか。正直言うと、俺はやっぱり住み慣れた家をそう簡単に捨てられない。お爺ちゃんとお婆ちゃんから受け継いだ大切な家で、ここがあったから俺の親が居て、だから俺が生まれて、俺はこの村でリキとも出会ったし。大切な思い出が多すぎる」
「そうだな。その気持ちは分かるよ。俺だって普通の猫だった時はここで育ったし、長い期間居たんだからここに愛着はある。ただ、今回のことが策略だとしたら・・・」

「ここに残ろうとするのはそう簡単な事じゃないよ」
近くに居て、このやり取りの内容を分かっていたタネ婆さんが言った。
「簡単じゃないことは、俺も分かってる。けどやっぱり今はまだ諦め切れない」

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