小説 妖獣ねこまた 14

小説 妖獣ねこまた

山の暮らし

三人は、野草を使ったスープとサラダ、喜助達が持ってきた握り飯と漬物、卵焼きなどを並べて、賑やかに話しながら食べた。
明日から喜助と良太、シロもこの辺りで寝起きするために、住める場所を探す事になる。今日はもう暗くなったし、明日の朝からゆっくりやろうということになった。
元々洞窟だったところを利用した琴音の住居は、琴音一人が寝るには十分でも、全員が入るには狭かった。
夏のことだし、今日ぐらい外で寝てもどうという事は無い。
この季節蚊が多いけれど、天然のペパーミントオイルを使った自家製の虫除けスプレーを良太が持っていた。

夕食の後、喜助と良太は、どの辺りで寝ようかと地面の平らな所を探し始めた。

「誰か来てる」

琴音が言ったけれど、二人は何も感じなかった。

それから数分もしないうちに、暗闇の中からリキが現れた。
馬ぐらいの大きさになっているので、なかなかのインパクトがある。すっかり暗くなった森の中で、淡く光る体。緑色の目が爛々と輝き、二つに分かれた尻尾の先がユラユラと揺れている。
「リキ!来てくれたんだ。突然現れたしびっくりしたよ」

「さっき、誰か来てるって琴音ちゃんが言ってなかったか?よく分かったな」
喜助は、ついさっきの琴音の一言を思い返してそう言った。
「そうだ。そういえば。凄いね。俺は全然気が付かなかった」
「俺も今初めて気がついたよ」
「山に居ると、感覚は鋭くなるよな。っていうか本当は、人間でも他の生き物でも誰もがそれくらい持ってるんだけど。忘れてるんだよね」
こっちへゆっくり歩み寄ってきたリキが言った。
ここまで来るのは、普通の猫だったらけっこう大変な距離だけれど、妖怪のリキにとっては、これくらい移動するのは何でもないことだった。

「持ってきてやったぜ。泊まるつもりじゃなかったから、何の用意もなかっただろ。タネ婆さんと茜さんと和人が用意してくれた」
リキは、背中に背負っていた物を下ろした。
下ろしたというのか、リキがスーッと小さくなれば荷物はそのまま下に落ちる。
荷物の中身は、二人用テント、野外で使いやすい鍋や調理器具、缶詰やパン、米などの食料品だった。
「ありがとう。リキ。助かったよ。皆んなも考えて用意してくれて、ほんと嬉しいよ」
良太が言った。荷物の中身は、今一番欲しい物ばかりだった。
「今日は外で寝るつもりで、どこにしようかって思ってたとこだ。ありがとな。リキ。助かった。用意してくれた皆んなにも礼を伝えて欲しい」
喜助も荷物を受け取りながら、リキに向かってそう言った。
「やっぱりね。必要な物は必要な時に。ありがとう。リキ」
琴音がそう言って笑う。
確かにすごくいいタイミングだった。
外で寝ようと思ったところでテントが来たわけだ。

喜助と良太は、琴音の住居の近くにテントを設置した。
「いつも何時くらいに寝るの?」
良太が、琴音に聞いた。
「時計って見ないから。何時なのか知らないけど暗くなったら寝る感じ。月や星が綺麗な時は、しばらく見てる事もあるけど」
「いいなあ。そういうの。都会から田舎に来て俺も自由に生きてる方だと思ってたけど、そういえば時計はけっこう見てるかも」
「私は時間通りに生活するのが無理だったから。施設でも別に虐められたとか凄く嫌なことがあったとかじゃないんだけど。規則正しい生活っていうのがどうしてもダメなんだよね。起床時間、消灯時間、食事の時間、入浴時間とか全部きっちり決まってたから」
「たしかにそれはしんどいかも。学校もそういうとこあるけど」
「私はお腹すいた時じゃないと食べられないし、早く寝たい時もあるし起きていたい時もあるし、毎日違うんだよね。他の人は規則正しい生活で平気みたいだったし、私が変なのかもしれないけど」
「変じゃないと思うよ。本来そっちの方が当たり前なんじやないかな。動物達も虫達も、人間以外はみんなそうやって生きてる」
「ほんと?そんなふうに言ってくれる人に初めて会えたよ」 
琴音は嬉しそうに笑った。

喜助はシロと一緒にテントの中に入って、すでに熟睡している。
リキが持ってきた荷物の中に蚊取り線香も入っていたので、火をつけて地面に立てている。
テントの前は開けっぱなしで、いい風が入ってくる。
今の季節は暑いと言っても、村に居る時と比べるとここは格段に涼しかった。

シロも、喜助の隣で四肢を横に投げ出して警戒心ゼロの様子で熟睡している。
外で琴音と話していた良太は、喜助とシロを起こさないようにそっとテントに滑り込んだ。

琴音とは、初対面なのにすぐに打ち解けた。何でも素直に話せるし、一緒に居てすごく心地よくて、いつまでも一緒に居たいと思う。明日も会えるのが楽しみでたまらない。
「これってもしかして・・・好きになったのかな」
良太は、自分だけに聞こえる微かな声で呟いた。

リキは、皆が寝たのを確認してからその場を離れた。村へと戻る道を走る。

暗い森の中をゆっくりと走る間に、山の主にも会った。
白狼の言葉が伝わってきた。
すぐ近くに気配を感じる。横を走ってる様子。

「人間が増えたようだな」
「今日二人来てるから」
「今のところ山を荒らす気配は無さそうだが」
「そういう人間達は居ないよ。俺が知ってる限りでは」
「これからも増やすつもりなのか?」
「できるなら、村を捨てて山奥に移住したいと考えてる。もちろん約束は忘れてない」
「村は諦めて、山の方まで開発が進むのだけは食い止めるということか?」
「そう考えてる。村に残ろうと思って頑張ると、戦いになって面倒なだけだ。人数でも権力でも、こっちに勝ち目は無いし」
「村を開け渡せば奴らは満足すると思うか?」
「少なくとも当分の間は」
「約束を忘れてないならそれでいい」

巨大な白狼は、道を逸れて森の奥へと姿を消した。

リキは、走りながらこれからのことを考えた。

山の主は、今居るメンバーを認めてくれたと思う。
琴音がいいと言うなら、最終的には村に居る全員が移住出来ればいいと思った。
琴音の山の中での生活を見て、村の人達でも何とかなりそうな気がした。今まで静かに暮らしていた琴音の邪魔をするのでなく、程よい距離で付き合いながら、協力していければと思う。

そして何よりも、山の主との約束を忘れてはいけない。

リキは白い布の階段を駆け降りて、螺旋階段を上がり、門番の居る場所まで戻った。
ここからさらに、獣道を走って村へと戻る。途中、ムジナ達がやってきて隣を走り始めた。
彼らも妖怪で、今は通常サイズになっているリキと同じくらいの体の大きさだった。普通の狸と違うのは、全体に赤っぽい毛の色と、金色に光る目。体の大きさからすると少々バランスが悪いほど大きな尻尾。走るとその尻尾がフサフサと揺れて、体全体も淡く光る。

「村からは出ることにしたのか?」

横を走っていれば、リキの考えていることは大抵伝わるので、ムジナ達が聞いてくる。

「そうしようって話になってる」
「山まで開発を広げて来られるとこっちも困るからな。阻止するためだったら協力するぜ」
「有難い。その時は頼む」

ムジナ達は今でも、むやみに山に入ってきた者を誑かし、道に迷わせて追い返す。
けれどそういう人間に対しても、怪我をさせたり殺す事まではしないから安心して見ていられるとリキは思っている。
ムジナ達がこういったやり方で阻止を続けてくれるなら、開発を進める奴らも山に入りにくくなるに違いない。
それだけでもかなり助かるとリキは思った。
他にも、普通の狸達も頑張ってくれるはずだし、最初の作戦の時と同じく猫達も犬達もカラス達も協力してくれるに違いないと思っている。

リキが戻ると、猫達数匹がすぐに寄ってきた。
猫達はいつも好奇心旺盛で、リキが見てきた事も早速聞きたいらしい。
人間も犬達も、ほとんどもう寝ている。
起きて話していた和人と茜が、リキに気が付いて中から出てきた。
「おかえりなさい」
「おかえり。どうだった?」
「帰りに山の主に会ったけど、人間が増えたなと言いながら見逃してくれた。今のところ山を荒らす気配は無さそうだからって。本当に認めてくれるかどうかはこれからだけど。ここの皆んなが村を捨てて山奥に移住しようとしてる事も伝えたけど、約束を忘れてないならそれでいいと言ってくれた。俺はテント届けて皆んなが寝るまで見てきたけど、二人は山での暮らし方を琴音ちゃんから色々教えてもらってるし、いい流れだと思う」
「そうか。良かった。未来は分からないし安心してばかりはいられないけど、とりあえずは。このままうまくいきそうなら次は誰から山に行くかだな」

「寿江さんが行きたいんじゃない?」
リキの隣に座っていた黒猫が伝えてきた。
和人も茜も、猫の話す内容をテレパシーで受け取ることができる。
二人とも、寿江が行きたがるだろうという予想はしていなかった。
「何でまた寿江さんが?」
和人が聞いてみると、猫は当たり前のように答えた。
「喜助さんと寿江さんって付き合ってるでしょ」
「ほんとに?全然知らなかった。喜助さんはたしか随分前に奥さん亡くしてるし一人だから、そう言われたらあり得なくはないよな」
和人は、言われてみればなるほどと思ってそう言った。
「私はまだこの村の人達のことよく知らないけど、喜助さんって逞しくてかっこいいし寿江さんはセンス良くて素敵だし、なんか分かる気がする」
ここまでの会話を聞いていた茜が言う。
和人は、自分の親ほどの年齢の人達が恋愛をするとは思っていなかったから最初意外だったけれど、聞いてみたらあり得なくはないと思ったし、それならそれで応援したい気持ちになった。

「俺も気が付いてたけど、人間ってけっこう鈍いんだな」
リキも気が付いていたらしい。
人間以外は皆んなテレパシーの会話が当たり前だし、そういう事にもすぐ気が付くらしい。
「人間が一番鈍いのかもな。なんかショック」
「人間は頭で考えるのがクセになってたり、言葉に頼りすぎてるのかもね。私も今より子供の頃の方が、まだ直感鋭かった気がするし」
「そうだよな。俺もそんな気がする。この事以外でも、直感って大事だもんな。リキや動物達と一緒に居るうちに、子供の頃くらいまで直感の働きが戻るといいけど」

※※※

8月16日
喜助さんと良太君に続いて、寿江さんが山に行って数日経った。
リキが、山の方と俺の家と、行ったり来たりして情報を伝えてくれるからとても助かっている。
こっちでは、山へ移住することに向けて要らない物を処分したり、山で使えそうな物を集めてきたりという準備に入っている。
ここに居る人間も動物も全員一致で移住を目指しているけれど、声に出しての会話でその話題は絶対に出さない。この事について話したい時はテレパシーで伝え合う。もしかしたらまだ探しきれてないだけで盗聴器があるかもしれないから。
リキと猫達が言っていた、喜助さんと寿江さんが付き合っているというのは本当だった。
寿江さんに話したら山へ行く事をすぐに承諾してくれたし、喜助さんと付き合っているのかということもついでに聞いたら、あっさり「そうだよ」と答えてくれた。今まで俺が聞いてみなかっただけらしい。
猫又のリキや猫達の方が、やっぱり人間より色々よく見てるのかも。
寿江さんの家も震災で使えなくなってるし、村に未練は無いのかと思う。

山奥のあの場所まで行くにはリキの案内が居る。寿江さんが行く時はリキがついて行ってくれて、目的地に寿江さんを送り届け、リキだけ戻って来た。
リキに聞いたところによると、良太君と琴音ちゃんもずいぶんと仲良くなっているらしい。
十代の若いカップル、年配の二人のカップル、そこに加えて犬のシロと、いいバランスで楽しくやっているらしい。

8月17日
山の方では時間がたっぷりあるから、琴音ちゃんの住居と同じような洞窟を利用した住居が、もう一つ出来上がっているらしい。
元々あった琴音ちゃんの住居は、もう少し広く作り直して良太君と一緒に住んでいるという。その隣に喜助さんと寿江さんの住居があり、シロは日替わりでどちらにも行っているらしい。
最初の日はテントだったけど、元々あった洞窟をそのまま活かした家らしいものが出来て、今は夏だから食べられる野草も豊富ということだった。
小川がすぐ近くにあって水は綺麗だから飲めるし、服のまま飛び込めば洗濯も風呂も一緒に済ませられるとか。飲み水としては湧き水もあるらしい。

今は暑いしそれでいいけど、けっこう野生的な生活をしている様子。冬になればお風呂が恋しくなるかも。それも工夫すれば何とか出来そうな気がすると、リキが言っていた。ドラム缶の空いたやつを持って行ったら使えるかも。

今は、料理に使う水は川から汲んできているみたいだけど、川から水を引いてくることも出来るかもしれない。それくらいなら多分、山の自然を壊すことにはならないと思う。

大自然の中が広大なトイレということらしいけど、人数が増えたらそれも何か考えた方がいいかもしれない。野生動物も皆んなそうなんだから人間もその中の一匹だと思えば、数匹増えたくらいでどうということは無いと思うけど。これから人数が増えて数十人になってくると、そうもいかないかも。
山で暮らそうと思い始めた頃から、俺も色々調べるようになった。排泄物に灰を混ぜて堆肥化する方法とかもあるらしい。そういうのが自作できるか調べて、出来そうならチャレンジしたいと思う。

雪国ほどではないにしろ、冬になると山の方では雪が積もるだろうし、食糧も少なくなると思う。その時どうするかも、考えておかないといけないのかもしれない。

ここまで書いてて思ったけど、琴音ちゃんはそういう心配はしていなかった。冬になると睡眠を沢山とって、あまり動かないしお腹も空かない。けっこうゴロゴロして過ごしてるとか言ってたような・・・それでも食べられる物が何も無くなるわけではないし、生きていけると。本来それでいいんだと思う。
俺もそうだし、ほとんどの人間が多分、バタバタと忙しく働いていないと落ち着かない気持ちになるという習性がある。
一日中何もしないことは悪いことだと思っている。
でも、それって本当にそうなのか?いつからそうなったんだろう。

俺も、会社勤めをしている人に比べたらのんびりしてる方だと思ってたけど、琴音ちゃんの生活の事とか聞いてると、まだ心が自由じゃないなと思った。もっと楽に考えてもいいんじゃないかと、最近ようやく思えるようになった。

8月20日

昨日、俺の家で二つ目の盗聴器が見つかった。やっぱりあったかという感じで、誰もそれ程驚きはしなかった。あまり動かしていなかった家具の裏。
こっちも最初から警戒して、聞かれてまずい話は一切していないから、別に聞かれていたってかまわない。
逆にこれを利用してやろうかという話になった。もちろんテレパシーの会話。
盗聴器をあえて取り外さずに気が付いてないフリで、こっちにとって都合のいい事を話してみてはどうか。
そういう作戦で行こうという話がまとまり、テレパシーで話したり手書きのメモを回して全員で情報を共有する事になった。

あいつらにとっては俺達が出て行けば目的達成なわけで、そうなったらそれ以上執拗に追ってくる事も無いと思う。だから、村を諦めて出て行ったと見られるのは構わないとしても・・・俺達は山の主と約束したのだから、開発を山の方まで広げられては困るし、俺達の移住する先を見つけられても困る。どこへ行ったかは知られたくない。

※※※※

翌日の午後、和人と茜が話していると、猫達が集まってきた。
タネ婆さんも来て、何となく会合の感じになる。
盗聴器の存在はわかっているから、誰も言葉では話さない。
くつろいだ感じで座りながら、テレパシーの会話が始まる。

「山の様子を見に行ったことにして、一人ずつ消えていくっていうのは?」
近くにいた三毛猫が提案した。
「それ良さそうだな。山道で起きたあの大事故は皆んな記憶に新しいはずだし。車に乗ってて大怪我した開発推進チームのメンバーから、何が起きたかはあいつらも聞いてると思う。だとすると、山に何か恐ろしいものが居るといった情報は既に回ってるはずだよな。山に近付いた人間が次々居なくなるってストーリーは、うまく使えると思う」
リキが賛成してそう言った。
「今の時点で山に入ってる三人を、最初に見に行ったメンバーということにして・・・三人が帰って来ないからと言って、次に誰か様子を見に行くとか。こういう会話をわざと聞こえるように話しておけばいいんじゃないかな」
和人も、自分の思ったことを話した。
「それでいけそうだな」
リキがそう言ったのを合図に、そこからはわざと声に出してゆっくりと、集まったメンバーで会話を始めた。

「喜助さん達が行ってから、もうけっこう日が経つよね」
茜が早速言い始めた。
「何も無いといいが・・・そろそろ誰か見に行った方がいいかもしれないねぇ。山で迷って帰れなくなることだってあるから」
タネ婆さんが、そう続けた。
「私が行こうか?」
隣に座っていたキクが言った。
「行ってくれるのかい?危険が無いとは言い切れないが・・・」
タネ婆さんは心配そうに言う。
「じっとしてても余計心配になるだけだからな。行ってくるよ」
夫の善次も、キクに賛成してそう言った。
「私もそう思う。それに、地震で店も潰れたし。ここに居てもすることないからねぇ」
キクがそう言い、二人は早速出かける準備を始めた。
「これまた気の早い。今から行くのかい?」
「今日はちょうど天気もいいし。夜の山に行くのは、さすがにちょっと気が進まないからね。行くなら昼間の方がいい」
「暗くなる前に行ってくるよ」
「山では何があるかわからないですから、気をつけてくださいね」
和人は二人に声をかけた。
「大丈夫。十分気をつけるし、夜にならないうちに戻るからね」
キクは笑顔でそう言った。

本当は、リキが送ってくれるし向こうには皆が居るし、危険が無いことは分かっている。
昼間だから、二人と一緒に歩いていくリキの姿は、大抵の人間からは見えないはず。なので、リキは堂々と付いていける。
倒壊したり焼け落ちた建物だらけでめちゃくちゃになっている村には、どっちにしても人が来ることはほとんど無いけれど。それもあって、人に見られる心配は少ない。
リキが、山道まで行ったら二人を乗せて運んでくれるのもわかっている。

皆で口々に「気をつけて」と行って二人を送り出した。

テレパシーの会話で、二週間くらいかけて少しずつ山に移動しようという話になった。犬や猫達と一緒に暮らしている人が行く時は、動物達も一緒に行く。
野生の猫達は最後まで残って、人間の中では、この家の持ち主の和人が、最後まで残るという事になった。

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