上空から見た日本列島
「俺はずっと、目立たなければ見つからないだろうって発想だったけど。逆だったんだな。これだけ人が多かったら、ヘリコプターで上から見て多いのが分かったら、全滅させるわけにはいかなくなるって事か」
「その通りだ。派手に攻撃すれば、山の自然も大きく破壊される。奴らも、そこまで自然を壊せばどういう事になるかは知っている。自分達が住めなくなる事は避けたいはずだ。山奥に住む人間だけを排除するにも、あまりに数が多いと逆襲される可能性もある。それも奴らにとって怖い事だと思う。奴らの人数は少ないからな。それに、仮に山に住む人間を攻撃して絶滅させようと試みたとしても・・・隠れて逃げ切る生き残りが一人でも居れば、どんな形で後々報復されるかも分からない。その他にも、あまり派手な戦いをやれば、今おとなしく開発地に住んでいる村人達に何か気付かれる可能性も出て来る」
山の主からの答えが伝わってきた。
聞いている和人達にとって、一つ一つ、納得できる内容だった。
確かに、開発地から離れて山奥に住もうとする人間だけを密かに始末したいと思っても、人数がここまで多くなればそう簡単にはいかないはず。
全ての人間を完全管理し監視下に置きたい彼らの、本当のトップはごく少人数だから。
彼らにとって人数が多い相手は、それだけで脅威となるはず。
しかも、開発地に住んでいる従順な人間達と違って、彼らの作った場所とは違う世界で勝手に生きようとする扱いにくい人間達だ。
三人と一匹は、眼下に広がる風景を見ながら、そんな事を話し合った。
山奥に点在する集落は、その後も数多く見られた。
日本列島の端から端までで、おそらく数十万人が、開発地から離れて山奥に暮らしているらしい。三人と一匹は、山の主のおかげで上空からそれを確認する事が出来た。
山の主は、大きくゆっくりと旋回して方向を変えると、元の場所へと帰って行った。
帰りには、今まで見た山深い場所とは違う所を飛んだので、今度は開発が進んでいる村の様子を見る事が出来た。
どこを見ても同じ形の家が密集して立ち並び、山の麓にも田んぼの中にも、見た事も無い形の大きな鉄塔が立っている。
人々が暮らすエリアに、送電線が隈なく張り巡らされている様子だった。
電信柱も増えていて、そこに取り付けられている機器の数も多い。
最新の通信システムによって街全体を管理し「これによってここに暮らす人々が便利に安全に生きられる」と言われている物だ。
和人は、説明会の時に聞いた内容を思い出した。
それを聞いた時も、とてもじゃないが自分は住みたくないと思ったものだ。
今、作られた街の様子を上空から見て、やっぱりあの時思ったことは間違っていなかったと確信した。あそこに住まない自由は、手放したくないと心底思った。
※※※※
9月15日
山の主が初めて、上空から山の様子を見せてくれた時。あのインパクトは凄かった。
どれだけ多くの人達が、作られた街を離れて自由に暮らしているか知ることが出来たし。
山の主は、ここに住む俺達以外のメンバーも順番に空の散策に連れて行ってくれた。
昨日は、白狼の山の主が現れて、夜の時間帯に山の中の散策に連れ出してくれた。
昼間だと目立ちすぎるから、怖がられても面倒だという事で夜だった。
空から見るのも素晴らしかったし、地上から見るとまた違った意味で素晴らしかった。
ポツポツと見える家の明かり。
テントの前の焚き火。
それらを見ていると、心が温かくなり、安心感があってとても癒される。
人々が生活している証だから。
その人々から伝わってくるエネルギー。
空から見るよりもさらにそれを近くで感じた。
少し前に知り合った大家族とか、そこからの繋がりで訪れた百人くらいの人達が暮らす村とか。
行ったり来たり連絡を取ったり、実際に交流が続いている人達も居る。
そうやって知っている人達以外にも、これほど沢山人が居るという事だ。
この事で、皆んなの中に広がった安心感は大きかった。
最初は、自分達以外山に移り住んだ者は居ないと思っていたけど。
本当はすごく多かった。
考える事が似てる人って、案外多いものなのか。
どこでも開発が強引に進められているし、住んでいた場所が今までと様子が変わってきて、住みにくくなったのかもしれない。
住みにくい所で我慢するより、思い切って引っ越すというのも一つの生き方。
俺達みたいに強引に追い出された感じの人達も、もしかしたら居るかも。
山の主が言う通り、開発を進めてそこに適応しない人間は排除する意向の奴らにとって、これだけの人数がいるとさすがにやりにくいはず。
今も、ヘリコプターで上から監視を続けているのは相変わらずだけど。
奴らがこのまま諦めてくれて、これからもここで平和に暮らしていけることを願うばかり。
用済みになった者、邪魔者は消す あの時と同じやり口
数日ぶりに和人とリキは、山の主に乗せてもらって近くの上空を散策していた。
今回は夜の時間帯で、昼間とはまた雰囲気が違う。
夜の森の中はとても静かだ。
街中と違って、真夜中まで煌々と明かりがついている事もなく、ほとんどのの人が眠りについている。
「ん?あれって・・・煙が上がってないか?」
「どこ?」
山の中から煙が上がっているのを、リキが最初に見つけた。
「焚き火程度じゃないよな。何か燃えてるのか?」
「山火事になったら大変だ」
山の主が気が付いて、低い位置まで降りてくれたので、はっきりと確認する事が出来た。
燃えているのはテントのようだった。
近くに降りると、山の主は大きな翼で燃えているテントを叩いて、あっという間に火を消してしまった。
周りに火の粉が飛んで植物が燃えているのは、リキが消して回った。
燃えたのはテントと中にあった荷物だけだったが、ここに居た人はどうしたのかと、和人は周りを探し歩いた。
不意に近くの草むらから、人が近付いてくる足音が聞こえた。
犬の鳴き声も聞こえる。
誰か来た。犬も一緒らしい。
最初に、犬の姿が見えた。
茶色の芝犬が走ってきて、そのすぐ後から男性が現れた。
「こんばんは。ここに住んでた人ですか?」
和人の方から声をかけた。
「・・・そうですけど」い
きなり声をかけられてびっくりしたのか、少し警戒した様子で男性が答えた。
山の主は、火を消した後すぐ離れたようで近くには居なかった。
火を消して回っている時馬ぐらいの大きさだったリキは、いつのまにか小さくなって普通サイズの猫に戻っている。そのまま対面したらおそらくもっと警戒されるから、そこは考えていた。
「そこでテントが燃えてたのを見つけたので・・・」
和人がそう言うと、男性は慌ててテントの方に走って行った。
燃えたテントの前で呆然とした様子だ。
このままだと、自分が放火犯だと間違えられはしないだろうかと、和人は少し心配になった。
まさか正直に空から来ましたとも言えない。
そんなことを思ったけれど大丈夫だったらしい。
男性は、しばらくして気を取り直すと「火を消してくれてありがとう」と、和人に感謝を伝えた。消したのは山の主で、リキが少し手伝って自分は特に何もしてないけれど・・・と思いながら、そのまま言うわけにもいかないのでそういう事にしておいた。
四十代半ばくらいと見えるこの男性は、自分は犬と一緒にここで暮らしていたと話した。背丈はそれほど高くないけれど筋肉質で逞しい体つき。短髪で、スッキリとした切れ長の目は鋭く、日に焼けた顔は引き締まった印象で、軍人か格闘家を思わせるような雰囲気を持っていた。
いかにも山奥で一人で暮らしている逞しい人間の感じがすると、和人は思った。
上空から見た時も、車やテントで一人で暮らしているらしい人は、そういえばけっこう居たように見えたのを思い出した。男性は、これまでの経緯を和人に話した。
※※※※
「そろそろ寝ようと思ってテントに入って、それから一時間も経たないうちに、こいつが何かに気がついたみたいで起き上がって警戒し始めたんです。テントの外へ走って行くし、何かあるのかとついて行ったら、案の定、逃げていく男の姿が見えました。逃げるからには何かやましい事があるのかと思って追いかけて、捕まえようとしたら反撃してきたから・・・仕方なく、側頭部に蹴りを入れて倒しました」
「強いんですね」
「ここで暮らすようになる前は空手教えてたんで、少しは。相手が強くもなかったし、すぐに勝負がついただけですけど。脳震盪起こして失神したと思ったら、そのあとそいつが・・・急に意識は戻ったのに突然苦しみ出して、そのまま死んじまったんです」
「えーっ!そんな事ってあるんですか?倒れて打ちどころが悪くてとかじゃなくて、一旦完全に意識が戻ったのに?」
「こっちです。ついさっきの事なんで。どうしていいかわからなくてそのままにしてます」
和人は話を聞きながら現場について行って、その死体を見た。
明らかに死んでいるのは一目見て分かった。
眼球が飛び出さんばかりに見開かれた目。
見るも恐ろしげな苦悶の表情だった。
「失神していた状態から気がついた瞬間、ものすごく苦しみ始めて、脂汗流して顔面蒼白で、見る間に痙攣が始まったんです。救急車を呼ぶにもスマホも持ってないしどうしたものかと思っているうちに、激しい痙攣が来たのが最後で。もう心臓は止まってました」
「それって変ですよね。直接見た事は無いですけど、動画で観た試合の映像なんかで、そうやって人が倒れることありますけど、そのまま死ぬって滅多にある事じゃないと思うし・・・それに、一旦意識が戻ったのに苦しみ出すって・・・」
「試合や練習中の事故で人が死亡する事が絶対に無いとは言えないですけど、確かにそう滅多に起きる事じゃないですし、万が一それが起きた場合、失神したまま意識が戻らないということになるはずですね」
男性の話を聞きながら和人は、今聞いたのと全く同じように人が死ぬのを、そういえば最近見たと思い出した。
この死体の様子を見ても、やっぱりそうかと思う。
タネ婆さんと茜が刺客を倒した時、殺すような攻撃はしていないのに、相手は急に苦しみ出して死んでしまった。
「あなたが殺したんじゃないと思いますよ。蹴りが命中して倒れたのが死因ではなくて、その後で遠隔操作によって消されたんじゃないかと思うんです。また後で詳しく話しますけど、同じような状況で人が死んだのを以前見てるので」
和人が言うと、リキがテレパシーで「俺もそう思う」と伝えてきた。
「遠隔操作・・・突拍子もない話に聞こえるが、今は技術的にはそんなことも可能になっていると、確かに聞いた事はありますね」
「邪魔者や用済みになった者を消すのは、おそらく彼らの常套手段ですよ。俺も危なかったことありましたから」
「山で暮らす人間は邪魔者ってことか。この近くに住んでるんですか?」
「近くでもないですけど、山で暮らしてるのは同じです。開発を進めている彼らからすると邪魔者ですね」
「勝手に山で暮らす人間を、片っ端から片付けようってわけか。さっき、相手は二人居たのかもしれない。俺が一人を追いかけてテントを離れた時、もう一人が火をつけたのか・・・こいつが気が付いて起こしてくれなかったら、俺は熟睡しているうちにテントごと燃やされて今頃生きていなかったかもしれない」
男性は、命の恩人である犬の頭をワシャワシャと撫でて感謝を伝えていた。
※※※※
住処のテントを焼かれてしまった男性は、少し離れたところに置いている車の中で寝るから大丈夫だというので、和人はリキと一緒に帰る事にした。同じ様に山に住んでいる友人が居て、明日はそこへ行くと言うので安心して帰れる。
帰り際に連絡先を交換し、和人は、自分の過去の経験から、死体は放っておいてもどうせまともな捜査はされずに終わるからいいんじゃないかと伝えた。ただでさえ消されるところだったのに、通報して居場所を知られたら、また危険な事になると思った。
帰りは、馬ほどの大きさになったリキが和人を乗せて走った。
「逃げた奴のエネルギーが残ってる」
道中で、リキが突然そう伝えてきた。
「放火の犯人の?この辺りに?あの人も言ってたけど、やっぱり二人居たって事か。ここを通って逃げたってこと?」
「そうらしい。受けていた命令の内容も辿れるかも」
リキの集中力を妨げないように、和人がしばらく無言でいると、リキから答えが来た。
「誰でもいいから一人で居る人間を見つけて殺せ。出来る限り残虐に。テントや小屋なら寝ている所を狙って生きたまま焼き殺せ」
「それが指令?」
「そう。人数の多い所が目立って狙われるかと思ったら逆だったな」
「山の主が言ってた様に、人数の多い所だと逆襲されるかもしれないし、派手な戦いになれば、開発地に住んでいる人達が気付いて何事かと思うだろうし・・・それで奴らが諦めるかと思ったところが、俺達が甘かったって事だな」
「逆に人数の少ないところを襲撃して、残虐なやり口を見せて、他の皆がビビって開発地に戻ってくるのを狙ってるのかと思う」
和人とリキは、戻ってこの事を皆に伝えた。
それを聞いても、怖いから戻って開発地に入れてもらおうという人は誰も居なかった。動物達も。


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