開発計画の弊害 こうなったら移転を考える
8月6日
事件から2日経ったけど、やっぱり何も報道されない。
タネ婆さんも茜さんも、避難所である俺の家に戻っている。
俺の家では、人間18人と動物達の生活が今も続いている。
食べ物に関しては、米の備蓄もあるし漬物などの保存食もあるし、畑で十分採れるから困っていない。鶏が産んでくれる卵もある。
街へ続く道路の復旧工事は、わざとじゃないかと思うほど遅れてるけど。
『井戸水に変な物を入れられないよう気を付けた方がいい』というのは、地震のあった次の日にタネ婆さんから聞いていた。
井戸を囲う様に簡単な小屋を立てて、鍵を壊さなければ入れないようにしたので今のところ大丈夫だ。
盗聴器を発見して以降、聞かれて困る会話は全てテレパシーを使うようになった。
俺達が見つけ切れていないだけで、盗聴器は他にもあるかもしれないし。
言葉に出しての会話では、当たり障りの無い日常のことだけを話す。
リキと、猫達、犬達の間では常に活発なテレパシーの会話が交わされている。
庭に居る鶏達、外にいるカラス、山鳩、雀、虫などとも、ここの動物達は親しく交流している。
動物達にとっては異種間交流は当たり前らしい。
人間の俺達も、時々その中に交ぜてもらう。俺はリキと会った影響で、他の皆よりは多く動物達の会話の内容が分かるようになった。タネ婆さんは生まれつきそれが出来たようだけど。
俺達以外も、ここに居る人達はだんだん動物達の会話に入れるようになってきている。
動物達側から意識的に何かを伝えようとしてくる時はほぼ全員が理解できるし、自分から動物達へ何かを伝える事もできる。
外に聞かれたくない大事な内容をテレパシーでやり取りする事は、皆出来るようになってきた。
この前の事件のことは、あの男は上の者の命令で動いていて、命令の内容はおそらく、強盗か何かの仕業に見せかけてタネ婆さんの命を奪う事。もし茜さんに見られたら茜さんも殺す手筈はずで、それに失敗した男は、何らか方法で遠隔からの操作で消されたと思う。それが、ここに居る全員の共通認識だ。
今日は、シロとタロウとブチの三匹の犬達が、リキと一緒に山を見に行った。
暗くなり始める夕方に出て、帰ってくるのは夜中になると思う。
俺が一度行った時と同じように門番に頼んで通してもらい、山の奥の方まで行ってみるという事だった。目的は、山が大丈夫か確認する事と、住める場所を探すこと。
昨日皆んなで長い時間話し合って最終的には、いざという時はここを捨てようということになった。タネ婆さんの家での事件があったことで、俺も考えが変わってきた。
こっちは何も悪い事はしてないし、ただ普通に暮らしてるだけなのに、何で追い出されないといけないんだってずっと思ってたけど。
俺達が出て行くまで、奴らがいくらでも強硬手段に出てくるなら、戦うより離れた方が得策かもしれない。ここの誰かの命が失われるようなことには、なってほしくない。
お年寄り達も皆んな「寿命で死ぬのはいつでもいいけど、つまらないことで死にたくない」と言っているし、俺もその意見には賛成。
あの事件の時、タネ婆さん自身も言ってたけど、もし何の警戒もしていなかったら今頃居なかったと思う。
もしそうなっていたら、奴らにとって後から強盗に見せかけることも簡単だと思うし、それで片付けられていたと思う。
頼りにしているタネ婆さんが居なくなる事は、寂しいだけでは済まなくてここの全員にとって大きな損失になる。もちろん頼ってばかりではダメだけど。
俺達は毎日、長老のタネ婆さんから、生きていくのに必要な情報を沢山もらっている。
それを受け継いで自分達のものにしていこうと、日々実践しながら生きている。
今、この人数しかいないわけだし、タネ婆さんだけでなく誰が欠けても一人減る事は影響が大きい。
8月7日
昨日の深夜・・・というか日付が変わってたし今日か。
山を見に行ったメンバーが帰ってきた。
今のところまだ、俺とリキで行った時に見た様子からほとんど変わっていないらしい。
さらに山奥に行けば、まだ手付かずの自然の残っている土地が豊富にあると言う。
湧水もあり、川もあるから水を引いてこれるし、山菜や果物の木もあると言う。
そういう場所へ移動して、生きていく事も考えられる。
全員一気に移動すれば奴らに行き先を突き止められる可能性もあるし、移動するなら2〜3人ずつがいい。動物達も、数匹ずつ。
こういった話は全部、テレパシーの会話でやり取りした。
開発計画を調べると、二つ隣の村から始まって今は隣の村まで及んでいる。
このままいくと、遠からず俺達が住んでいるこの村でも同じ事が起きる。
開発は横にも広げて行って、隣接する他県の村にも繋げていく計画らしい。
豊かな自然と最新のシステムの融合という謳い文句だけれど、実際は元々の自然を壊しまくっている。
隣の村から離れてこっちに来ている猫達に聞いても、色々な事が分かった。
奴等の基準での「安心安全便利な街の生活」を維持するために必要らしい通信システムからの高電磁波が強すぎて、体調を悪くする人が続出しているらしい。
謎の倦怠感、頭痛、吐き気、喘息のような咳、喉の痛み、耳鳴り、皮膚に出るトラブルなど。
原因不明の病気で亡くなる人も増えたとか。
人間も動物も本来、強い電磁波を浴び続けながら生きるようには出来ていないし、そんな状況では体への影響があって当たり前だと思う。
再び刺客が送りこまれて来た?!
和人が日記を書き終えて、畑へ行こうと立ち上がった時にリキが入ってきた。
ここに居る時は大体元々のサイズで、いつも音も無くスッと入ってきて気がついたら目の前に居る。
和人はだんだんこれに慣れてきて、リキが来る一瞬前に気配だけで何となく分かるようになった。「そういえばさっき一つ言い忘れたんだけど」
ゆったりと体を伸ばして、リキが話し始めた。
内容はテレパシーで伝わって来る。
「山奥へ行った時、人間が生活しているらしい跡を見つけたんだ。もう去った後みたいで、今生活しているというんじゃないけど。焚き火の跡みたいなのとか、穴を掘って何か保存していたらしい形跡があったりとか。それがそんなに古くない。多分人数は多くないと思うけど、山奥で既に暮らしてる誰か居るのかも」
「すごいな。もしそうだったら、山奥での生活の事も聞けるかもしれない。侵入してきた敵だと思われないように、慎重に行かないといけないけど」
「昨日行った時は、こっちは俺と犬達だけだったからな・・・人間の姿は結局見かけなかったけど、もし人間を見つけても俺達が下手に近付いたら、襲ってきた動物だと思って殺られるかもしれない。戦いになって、逆にこっちが相手を傷つける可能性だってあるし。だから探さなかった」「なるほどな。相手がどんな奴か分かんねぇし・・・こっちから人間が行ったとしても、敵だとみなされる可能性はあるから安心とは言えないけど。今度は俺が行ってみる」
「その時はついていくからな」
「ありがとう。助かる。人が居るのを見つけたら、様子見て大丈夫そうならとりあえず話しかけてみるよ。それで山奥の暮らしのこと聞けたらベストだけど」
リキと和人の今の様子を人が見たら、人間と猫がただ座って寛いでいるようにしか見えない。
本当は、二者の間で活発な会話が交わされている。
リキと和人が座っている周りに、いつのまにか猫や犬達がワラワラと集まってきている。
皆んなここで寛いでいるようで、実は会合が始まっている。
「こうなったらもう出て行った方がいいんじゃない?」
「住めそうな場所もあるみたいだし」
「あの村みたいになるんなら、どっちにしろ居られないでしょ」
「だったら早い方がいいかもね」
「戦うより逃げるか」
「この人数で勝ち目無いからね」
「犠牲者が出てもつまらないし」
動物達は、思い思いに話し始めた。
そのうち、人間達もこの部屋に集まってきた。
これから会合を始めようとか誰も言わないし、テレパシーの会話しかしないから、もし盗聴器がどこかにあったとしても聞かれる恐れは無い。
部屋の隅に座って皆の話を聞いている時、和人のスマホが鳴り出した。
会合を邪魔するまいと思い、和人は部屋を出て縁側から庭に降りた。
着信があったのは、見たことのない番号からだった。
知らない人間から電話がかかってくる事は普段まず無いし、一体誰だろうと思う。
出るのも何となく嫌な感じがするけれど、出なくても後からかえって気になりそうだと思った。「はい」
電話に出て、和人はそれだけ言った。
和人が出たのに相手は無言だった。電話はまだ繋がっている。
その時、背後に人の気配を感じた。
素早く振り返ると、すぐ後ろに人が立っていた。
紐状の物を持つ相手の手を、和人は振り向きざまに勢いよく払った。
そのまま体を反転させて、左の拳で相手の顔面を打つ。
相手も咄嗟に顔を逸らして避けたので、もろに当たりはしなかった。
それでもそこそこのダメージはあったようで、一瞬相手の足元がふらついた。
間髪を入れず前蹴りを放つと、相手は足の脛で受けて止めた。
今度は相手から反撃が来て、横から蹴りが飛んできた。
和人はステップバックして避ける。
これで少し距離が出来た瞬間、和人が次に攻撃を繰り出す前に、相手は身を翻して逃げて行った。
和人は追いかけたが、走るのは相手の方が速かったようですぐに引き離された。
男は、倒壊したままの民家の中を、瓦礫を飛び越えながら走り抜けていった。
和人は途中で男を見失ったので、追うのを諦めて引き返した。
自宅への道を歩いて戻りながら、さっきの出来事を振り返る。
すぐ近くに来られるまで、相手の気配に気が付かなかった。
電話に気を取られていたせいもある。
それでもギリギリで気がついたのは、リキと過ごすようになって以来、前よりもずっと気配に敏感になっているからに違いないと和人は思った。
あのまま気付かずに首を絞められていたら、今頃生きていなかったかもしれない。
電話が鳴ったのも、外に誘き出すため、電話の方に意識を向けさせるためだったのかと後から気がついた。
相手の動きを思い出すと、和人の蹴りを脛で受けた。普通は急所である足の脛は、鍛えれば硬くなり攻撃にも防御にも使えるようになる。
数秒で和人の力を見極め、まともに向き合って余裕で勝つのは難しいと思ったのか、すぐに判断して離れた。
時間をかけていれば家の中から人が出てきて騒ぎになる恐れもあるし、それも考えたのかもしれない。
あの男は格闘技経験者だろうなと和人は思った。身のこなしも素早く、逃げ足も速かった。
家の庭まで戻った時、リキが後ろから追いついてきた。
リキも外へ出ていたということに、和人は今まで気が付かなかった。
「来てくれてたんだ。全然気が付かなかった」
「昼間だから姿が見えにくいし、途中からはあえて気配を消したからね。和人が外へ出てしばらくして、もしかしたらと思って来てみて良かった。男が逃げていくところを追うのには間に合った」「俺は途中で見失ってしまって・・・体力落ちたのかもな。リキは、あの男がどこへ行ったか見れた?」
「隣村の開発工事やってるところの現場。あいつは、何十人も人が居るところに飛び込んでいったから、その時点で俺も見失った」
「開発の事業と今回の事は関わりがあったってわけか・・・そうかなとは思ってたけど、やっぱりな」
「妖獣の俺が追いかけて見てきたって言っても、証拠にはならないけどな」
「もし他にも誰か見てて本当に証拠があったとしても、どうせ揉み消されるから同じだよ。関わりがあるって事実が分かっただけ良かったと思う。またリキに助けられたな。ありがとう」
「出来ることはやるよ。俺も普通の猫だった時、最初に和人に助けられたからな。それに、これからどうするかはここにいる全員にとって大事な事だから。皆と一緒に居る俺にも関係あるし」
「タネ婆さんの家に侵入者があった時も思ったけど・・・俺もやっぱ移動に賛成だな。この調子だと命がいくつあっても足りないし」

