例えば「この大学に合格する」「この会社に就職する」「預金いくら貯める」「家を買う」 「車を買う」「結婚する」など。
そういった「目標」を立てて「何年何月に」と期限を設定したり、預金の額や買いたい家や車の金額を明確にしたりで目標を具体的にすれば叶うというマニュアルのようなのはよく見かけるけれど・・・
自分の思考が現実を作っていて(引き寄せが起きる)、望む現実が目の前に現れるのは感情が動いた時。頭で考える「目標」ではなくてハートの願い。
自分は、今のキャラ設定で、今の時代背景や環境の中に生まれて、どんなツールを持って、どんな遊びをしに来た?という事から考えると「何々が欲しい」の前に、どんな人生にしたいのか(今の人生でどういう体験がしたいのか)というところが大事になってくる。
それが抜けていて、達成する日付や金額をいくら明確にしても、感情が動くことは無く、そうなると叶わない事も多い。
頭ではそれを願っていると思っていても、ハートの感覚としては「別にそれほど欲しくない」とか「その先のイメージが無い」なら、実際本当は欲しがっていないわけで、手に入らなくてもいいということだけど。
この人生でどんな体験がしたいかというのは決めてきているはずで、わざわざ「さあ目標を決めて具体的にイメージしよう」とか思わなくても、自然とそこに興味が行き、気が付いたらその事を考えているはず。
それは一つでなくてもいいし、何十年生きていく中で途中で興味の対象や生き方が変わる事はあるし、それはそれでいいと思うけど。
本当にその体験をしたいというハートの願いであれば、例えば「車が欲しい」の場合、運転そのものが好きな人なら好きな車で運転を楽しんでいる様子を妄想したり、行きたい場所なども次々思い浮かぶと思う。
「家が欲しい」の場合は、周りの環境がどんな感じで、家の外観、間取りはどんな感じで、そこでの日常生活を楽しんでいる自分の様子を妄想していられると思う。
「預金が欲しい」の場合は、それが何のためのお金なのか、「大学、会社、結婚」なら、その先にどんな体験をしたからそれを願うのか。
そのイメージが自然に湧いてもこないのなら、本当に欲しいものではないのかもしれない。
頭で考えたことを無理に目標設定して一生懸命イメージしようと頑張っては「叶わない」の嘆く人は多いけれど、その人に能力が無いとかいう事でなく、スタート地点からズレているのかと思う。
ハートの願いでなければ、どれだけ期限ま数字を設定しようが「目標」を紙に書いて壁に貼ろうが、日々呪文のように「〇〇を達成しました!ありがとうございます」と繰り返し唱えていようが叶わない。そこじゃないから。
自分でも無意識のうちに、自分自身のハートの願いではなく周りを意識して頭で考えた目標を、自分の願いとして設定している事もある。
「この大学に合格出来た人」「この会社に入れた人」「結婚出来た人」「この車を買えた人「この家を買えた人」「多額の預金を持っている人」として周りから見られたいという気持ちからの願いであれば、それはハートの願いでは無いから叶わない事が多い。
裏を返せば、家、車、預金を持っていないと恥ずかしいとか、学歴がなかったり、大企業に属してないと恥ずかしいとか、同じく結婚できてないと恥ずかしいとか。
預金、結婚、家などの場合、それが無いと老後が不安という場合も。
不安を持っていると、引き寄せられる(自分の思考で創造する)のは、さらに不安になるような現実。
結婚の場合は「親を安心させたい」と言う人も多いけれど・・・一見美しい願いのように見えても、これも自分のハートの願いとは違って、周りを意識しての目標ということ。
