悩みをゴミ箱に捨てて人生を遊ぼう⑤ 自分の外見にコンプレックスがあるというあなたへ

オリジナル小説 エッセイ

女性でも男性でも、このお悩みはけっこうある。特に近年ほど、男性でもこれを気にする人は多くなった。もっと前は、男性は経済力、仕事での評価を気にする人が多くて、女性は自分が美しいかどうかを気にする人が多かったけれど。

どちらにしても「こうでなければならない」にこだわっているという意味では同じ。

外見の事で言うと、こういう姿形が美しい、かっこいい、魅力的という世間一般で言われている基準のようなものは確かにある。メディアからの情報によって、その刷り込みはますます強くなっている。

客観的にその人を見て醜いとか不快に思うとか全然無くても、本人はものすごく深刻なコンプレックスを抱えているという事も少ない。

「こうでなければならない」という基準は、一体誰が決めて、どこから来たのか。

そこに疑問を持って「ちょっと待てよ」と思う人は残念ながらあまり居なくて「こうでなければ」に流されて、持たなくていいコンプレックスを持ってしまう人が多い。

特に日本人はその傾向が強いように思う。

太っているのは恥ずかしい事だから、何としても痩せなければ。

自分は背が低いから異性にモテない。

自分は小顔じゃないからみっともない。

何でモデルのような八頭身じゃないんだろう。

友達や身内に美しい人が居るからいつも比べられる。

自分の顔が好きになれない。

この見た目だから恋愛なんか無いに決まっている。

外見の事で、人から嫌なことを言われた。
それを思い出すとどんどん自信がなくなっていく。

年齢が見た目に出始めた。
歳をとって醜くなっていくのが耐えられない。

など、人それぞれ色々ある。

あなたがもしそういう悩みを抱えているなら・・・

何を基準にそう思っているのかというと、メディアからの情報もしくは、特定の誰か一人か複数の周りの人の言葉からではないでしょうか?

生まれた時は、コンプレックスなんて無い真っ新な状態。物心つく頃から、周りの人の言っている事、入ってくる情報によって「自分はこうなんだ」という思考をするようになっていく。

特に日本人は敗戦後、自己肯定感が低い人が増えた。外見的なことだけでなく戦後の学校教育の影響で、全体的な考え方そのものが。
その中で外見的な事だけを見ても「西洋人のような見た目が美しい」と思い、憧れる人が増えた。
テレビのCMや雑誌などを見ても、日本人ではなく欧米人のモデルを使っているのをよく見かける。
これは最近に始まったことではなく、昭和42年生まれの私が子供の頃から既にそうだった。
日本人よりも欧米人のような外見が美しくてかっこいいという刷り込み。
雑誌の編集をしたりテレビCMなどを作る側もそうだし、見る側もそう思うということ。
全ての国を知っている訳ではないけど知っている限りで、他の国ではこの傾向は見かけない
どの国でも、自国のモデルを使うことがほとんど。
自国民が一番美しくてかっこいいと思っているという方が、当たり前。
自分の生まれた場所、持って生まれた体に自信を持つこと、誇りを持つことは本来当たり前だから。
それがなくて他国の人を見ていつも「ああいう見た目だったら良かったのに」と思っていたら、自己肯定感はどんどん低くなる。

この国のこの地域に生まれた事も、この時代に生まれた事も、この見た目も、この性格も得手不得手も、今の人生という体験をするために全部自分が選んできて、今ここに居ると思ってみたら?
その情報を見た時、すんなり腑に落ちたので、私はいつもこう思っている。

もしあなたが、どうしても自分の見た目が嫌いでコンプレックスがあって、このままでは生きられないと思うなら、変えようとするのが絶対に悪だとは思わないけど・・・
あなたが本来持っている個性を全部消してしまって別人になるような変化を望むより、今のままで魅力がある部分を見つけてそれを生かしつつ望む方向に変えてみる方が素敵だと思う。

自分の全てを否定してしまうと、変えても変えても気に入らなくて、一体何を目指しているかわからなくなる事もある。美容整形を繰り返す人もこの傾向。
ダイエットを頑張ってみたり、筋肉質な体を手に入れるためにトレーニングを積んだり、メイクの技術を磨いたり、場合によっては外科的処置に頼ったとしても、それで自信に繋がるなら、良くないとは言えないけど。
自己肯定感の低さが変わらない限り、何をどう頑張っても満足や心の安定は得られない。

子供の頃、見た目にコンプレックスがあって大人に相談すると「内面が美しければ見た目などどうでもいいのです」とか言われても・・・何の参考にもならない説教にしか聞こえないかもしれない。
私も、これは実際自分が子供の頃、大人から言われたことがあるのでよくわかる。
内面的な美しさと言われても、どういうのを指してそう言うのか?という疑問もある。
「こういう人が内面的に美しい」というのは、人によって基準が違いそうだし。

今の頭で考えてみると、体が健康か、満足して生きているか、ストレスが少ないかという事は、必ず外見に表れてくるとは思うけれど。
「内面の美しさ」とか言われたら、抽象的すぎてわからないと今でも思う。

外見を自分の思う「美しい」に近づける事によって、満足してストレスが減って(内面の変化)その結果見た目にもそれが現れていい感じになるという事はあると思う。
誰かに言われたからとか、周りの誰々がどうだからとか、そういう理由ではなくて、自分が納得するため、自分を好きになるためだったら頑張ってみるのもいいかもしれない。
その場合、今の人生の中で「最初から満足なのではなく努力して美しさを手に入れるという経験」をしてみたかったのかもしれないし。

年齢を重ねるのが怖くて、何としてもいつまでも若く居たいというのはどうでしょうか。
若さイコール美しさであるという思い。これに関しても、日本人は他の国の人達に比べて執着が強いように思う。
日本ではすぐに年齢の事を言われるし、何かというと名前の下に年齢を書かれる。仕事でも何でも若い方が有利というのが確かにある。高齢化社会という事もあって、歳を取ることが世間の迷惑で邪魔者になる事のような風潮もあるし・・・そういう背景もあって「少しでも若く居たい」という人が多いように思う。
けれど、年齢を重ねることはそこまで忌むべきことか?

日本では、仕事をするにも、趣味を楽しむにも、行きたい場所へ行くにも、服装や髪型の事にしても「その歳になってみっともない」というのがよく言われる事なので、若い時しか自由が無いような気持ちにもなるのかもしれないけど。
アンチエイジングのためのサプリを何種類も飲んだり、注射その他の施術や外科的処置などで、何が何でも若く見せようと必死になるというのは、見ていてどこか悲壮な感じがする。
若さイコール美しさだと信じていると「年齢が外見に出てきたら、もう自分は価値が無い」と思ってしまって、焦りや不安から頑張る事に。それだと不要なストレスを溜めるだけ。

そうなると精神的にも体にも良く無いし、その悲壮感が、エネルギー的に見た人に伝わったら、美しいとは言えないかなと思う。
別に若く見えるわけではないけど素敵だなとか、かっこいいなと思う人は日本人より外国人に多いのは、そういうところかも。
無理矢理若く見せたいとか思わず自然体で、自分に似合う物を知っていて、自分の個性を大切にしている人は、堂々としていて魅力的なものだから。

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