「因果応報を願う気持ち 復讐したい気持ち」という記事を少し前に書いたけれど、これと関連のある内容。この世界には、上に行くほど人数の少ないピラミッド型のシステムがある。最終的に誰が勝つかというと、そのシステムを作った、支配層のトップに居る、ごく少数の存在達。人類を支配コントロールするために、お金というシステムを作ったのも彼らだけれど、彼らにとっては、お金はどうでもよくて、最も欲しいと思っているのは人間が出すの感情の重いエネルギー。劣等感。閉塞感。悔しい。苦しい。辛い。不安。恐怖など。彼らにとってはそれがエネルギー源なので。そのために今のシステムを作っている。
世の中全体を見て支配層のやっていることに対して、怒りの感情が出て「バチが当たればいいのに」と思う気持ちも、身近な人間関係でそう思う気持ちも、感情の性質としては同じ。個人的な事だと「つまらない事で怒っている」と言って馬鹿にして、世の中全体を見てだと「正義のために怒っている」と言って立派な事だと思っている人もいるけれど、実際、違いは無い。
世の中全体のシステムの中で起きる事も、身近な個人間の事も、結局はよく似ている。支配層の彼らが作ったシステムの中で起きる事だから、考えてみればそれも当然。身近な人間関係で起きる事は、世の中全体のピラミッド型のシステムの中で起きることの縮図のようなもの。
常に勝ち負けを競い、人と比較して優劣を気にする。勝った方は負けた方に対して、下に見てもいいし虐げてもいいと思っている人達も居るし、それをされた負けた方は、その行いに対して憎しみや悔しさや復讐したい気持ちを抱く。戦争などはその最たるものだけど、そこまでいかなくても、精神的な部分だけの争いや比較、競争でも、この事はよくあること。たとえ「勝った」と思っても、上を見ればさらに上がいるし、勝ち負けや比較でしか物事を見れないと、永遠に満足する事は無い。次は負けるかもしれない、今の立場から追われるかもしれないという不安、恐怖が常に付き纏う。
世の中全体の中にもピラミッド型のシステムがあるし、一般庶民よりは上の立場の人であっても、上にはまたその上、さらにその上と続いていく。そして、一番上に居るのは、そのシステムを作った存在達。「自分は社会的地位がある」と思っていても、人類がどこまで行っても、彼らと並ぶ事は無いし、ましてや上に行く事はあり得ない。
じゃあそのシステムの中で一生支配され続けるしか選択肢は無いのかというとそうではなくて、もし離れたいなら、そのシステムの中での体験に参加しないと決めればいいだけ。
支配層の彼らがどういう存在で、どんな仕組みを作っているかという事、気付かないうちにそこに組み込まれているという事を知って、その上でその体験を選ぶならそれはそれでありだけど。勝つか負けるか、食うか食われるか、弱肉強食のスリル満点の体験が悪いわけではないので。それが好きか嫌いかというだけの話。
