唯一無二の個性 自分が体験しにきたのはどんな人生?

自営業者の日常雑記

このブログ記事の内容は、私自身の事を例として書いてますが、読んで下さっているあなたが「自分の場合は・・・」と当てはめながら読み進めてくださったら嬉しいです。人間も、人間以外の存在も、全てこの宇宙で唯一無二の存在で、唯一無二の体験をしに来て今を生きているいるわけで、全く同じ存在というのは自分以外に存在しません。分かりやすいところで人間だけで考えても、姿形性格特性など全く同じ人は居ないし、全く同じ人生の体験というのもありません。「ところで自分って何を体験しに来た?」と考えてみて、それが分かってくると余計な事で悩まなくなったり、色々と楽しくなります。

スタート これまでの体験を振り返り、3つに分けてみる

「今の人生、人間の体験の中で、自分は何をしに来た?」と考えた時、子供の頃から最近までを振り返ってみると分かることがある。

過去興味を持ってやっていたこと、今も続けていることに、どんなものがあるか思い返してみると・・・

①一時期のめり込んだこと

②周りからの影響で興味を持ったこと

③一度も興味が失わず、ずっと続けていること 

この三つがあるのが見えてくる。

①は、生まれてくる時から決めてきた事とは違うけれど、生きていく中で途中ちょっと興味を持ったこと②は、自分にとっては本来要らないものも多く含まれる③が自分の人生で体験したかったこと。これが人生のメインテーマ

自分の内側からではなく、周りからの影響で興味を持ったことは?

以前は「誘われたから何となく」どこかへ出かけたり「いいと勧められたから何となく」物を買ったり「話題になってるから一度くらいは」と思って何となくどこか行ってみたり物を買ったりということもあった。こういうのは、周りからの影響。

今は、それが全く無い。

人から見ると、せこいかもしれないし、付き合いが悪いかもしれないけれど。そう見られても、それで離れる人が居ても、まあいいやと思う。

今は、自分が、絶対に、ものすごく行きたいと思う所しか行かないし、ものすごく欲しいと思う物しか買わない。

ものすごく欲しい物があれば、それを買うためには他のことは後回しにしてもお金を貯めようと思うけれど、必ずしもお金を介さなくても手に入ればそれでいいという感覚はいつも持っている。

人生の中での「やりたいこと」「欲しい物」に関して、この考えと行動が定着してから、いつも気持ちがスッキリしている。

人生の一時期、のめり込んだことは?

若い頃は、服、アクセサリー、化粧品を買い漁ったこともあるし、いつも無性に旅行に行きたかったことも、映画館にばかり通っていた事もある。漫画やアニメが好きで、それが高じて自分も描きたくなって、サークル活動を始めたらのめり込んで、関西圏だけでは参加したいイベントの数が足りなくて東京まで行ったことも何度も。50歳を過ぎてからも、一時期ゲームに夢中になったこともあった。

それはそれで、何一つ全然後悔してないし、けっこう面白くて貴重な体験だったと思う。

やりたいと思う時は気が済むまで思いっきりやって、ある時期から「もういいかな」と思って少しずつ興味が離れていく。映画、漫画、アニメは今も時々観るし、二次創作で描いてみることは今は休止しているけど「描きたくなることはまたあるかも」という感覚はある。

のめり込んだ時期を通りすぎると興味がゼロに近くなったものもあるし、ゼロにはならないけど100→10くらいになったものもある。こういうのが、一時期のめり込んだこと。

ずっと変わらずに興味が続いていることは?

大抵のことに関してはそうだけれど、4歳5歳の頃からずっと続けていて、いつまで経っても「もういいかな」と思わないのが、文章を書くこと、絵を描くこと。

今ブログを書いているのもそうだけど。

書くものの形は色々変わりつつ、いつも何か書いているのは変わらず。

絵の方も、描く内容は変わりつつも大抵いつも何か描いている。

文章の方に興味が傾く時と絵の方に傾く時のバランスはあるけれど。

占いは、子供の頃から色んな占術に興味は向いたけれど、絵や文章よりは、もう少し後。元々は趣味で自分のことを観るのが好きで、人の事を観たいと思った事は無かったし、需要がありそうなので仕事にしてみようと思ったのはずっと後の大人になってから。

絵の方で、需要がありそうな似顔絵を仕事にしてみようと思ったのは、占いを仕事にするより何年か前のこと。

文章を書くことは、文字での発信を見てくださったお客様に来ていただけることが多いので、直接では無いけれど間接的に仕事につながっている。

「仕事につながりそうだから」という理由で「絵を描いてみよう」「文章を書いてみよう」「占いを学んでみよう」と思って始めたわけではなくて、元々好きで、興味が失せずにずっと続いていて、誰に言われなくても気が付いたら常にやっていたことの中から「これをこういう形で仕事として出してみたら・・・」という考えてやってきた。

逆に、もし仕事にならなかったらそれをやっていなかったか?と自分に聞いてみると100%ノーと断言出来る。「何かで生活費を稼がなければ」とか「仕事」などと考えるよりずっと以前から続けていて、興味が薄れずに継続している事だから。

もしそれが仕事にならなかったら「どうやったらこれをやれる時間を確保できるか」で考えたと思う。

自分が一番やりたい事を、やれる時間が無くなったら「この人生で何を体験しにきたか」という事の根本から崩れてしまうから。

人生の一時期「生きていくためには頑張ってたくさん働かなければ」「お金を稼がなければ」に思考が傾いて(周りからの影響で興味を持ったこと)好きだったことが嫌いになりかけたり、体を壊したり色々ありつつも、意識の奥底では「この人生で何を体験しに来たか」は、いつも分かっていたとかと思う。

興味が続いている「事」で浮かぶことが無くても、居たい環境、過ごしたい日常は?

街中から離れて自然豊かな環境に暮らすことは、子供の頃、そういう環境で育って、その時はそれが当たり前過ぎて都会に憧れたりした(周りからの影響で興味を持ったこと)けれど・・・一旦は街中で暮らしてみて便利さや面白さも存分に体験して気が済んで(一時的にのめり込んだこと)やっぱりあの環境で暮らしたいと強く思うようになり、今はそれを体験している。

子供の頃、田舎で暮らす体験をした事がすでに、そういう環境を選んで生まれてきたということで、やっぱりそこに戻りたいと強く思い、戻ったらすごく満足ということは、これも今の人生で体験したかったことに違いないと思う。

子供の頃見てきた日常の、家で食べる作物を育てること、隣近所との情報交換や「お裾分け」なんかもある付き合い、自分が食べたい料理を作ること、家を心地よく整えること、動物と暮らすこと、自然の中で遊ぶこと、美しい景色を眺めること、周りの自然が奏でる音を聴くこと、季節の変化を楽しむことなども、全部、この人生で体験しにきたことだと思う。

元々都会が好きでそういう体験をしにきた人ならいいけど「仕事のことを考えると街中に住んだ方が・・・」という発想でそこに住み続けるのは、私にとっては我慢だったんだと、今は分かる。

ここまで振り返ったことをまとめて「自分は何を体験しに来たのか」を知る

まとめると、私がこの人生で体験したかったことは①自然豊かな環境の中に暮らして、そこでの衣食住(日常生活の全て)を楽しむこと②絵を描くこと③文章を書くこと④占いを日常の中で活用して楽しむこと(自分のことを観たり、時には人の事を観たり) この中の何かが仕事になって、それでお金を得て暮らしてもいいし、お金を介さなくても、これらの「今の人生で体験しにきた事」を体験しながら生涯生きていけるなら最高だと思う。

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