この話だけ読んでも何のことか分からないと思います。
よろしければ1話の内容紹介見ていただき
ご興味あれば1話からどうぞ。
ある日の出来事 宇髄天元
突然、ドーンという物凄い衝撃があって、部屋が揺れた。
音も凄まじかったので、きっとマンションの外壁に車が激突したのだと思った。
俺は、筆を置いて部屋から出て、マンションの廊下を突き当たりまで歩いた。
ここにある小さい窓を開けると、ちょうど下を走る道路が見える。
そこで俺は、見なければ良かったと思うものを見てしまった。
さっきの衝撃は、車の事故ではなかった。
上から人が飛び降り、道路に叩きつけられた音だった。
これほど凄まじい衝撃と音がするものだとは知らなかった。
人生の中でそう経験することではないので知らなくて当たり前なのだけれど。
道路に飛び散った血痕と、飛び降りた人物が女性だということは一瞬で見て取れた。
部屋に戻ってもしばらく体の震えが止まらず、さっき見た光景が目の奥に焼き付いて離れない。
飛び降り自殺というのがある事は知っていても、当然だが自分が見ることになろうとは思わなかった。
こんな事なら部屋から出なければ良かった。
見た事を後悔しても遅い。
前世では、俺は鬼殺隊の柱として生きていた。
忍びとして生まれ、一族の中で血塗られた宿命に生き、鬼殺隊員になってからは任務で鬼を何十体も斬ってきた。
仲間の誰かが大怪我を負ったり命を落とす事も、目の前で沢山見てきた。
けれど、それとこれとはやはり違う。
今世では、家族は前世と同じ顔ぶれでもごく普通の家で、血生臭い戦いとは無縁の世界で三十年近く平和に生きてきた。
間をおかずにサイレンの音が鳴り響き、パトカーや救急車が到着したらしいのが分かった。
救急車が来たところで、とてもじゃないが助かりはしないだろう。
落ちた瞬間に絶命しているらしい事は、さっき一瞬見ただけですぐにわかった。
昼間部屋に居た者は少なかったようで、廊下に出てくる他の住人は居なかった。
とりあえず気分を変えたくて、俺は外へ出た。
下で聞いた管理人さんや警察官らの話しの内容から、飛び降りたのはこのマンションの屋上からで、九階の住人の部屋が開いていて・・・というような事が分かった。
このマンションは若い独身男性がほとんどなので、ここの住人の男と関係があった女性なのかと思う。
描きかけの絵を今日でほぼ仕上げるつもりだったのに、集中力は完全に途切れた。
こういう時に無理やり頑張っても仕方ないし、何より今はあの場所に居たくない。
カフェに入ってゆっくりコーヒーを飲み、甘い物を食べると少し元気が出た。
煉獄は今日、親父さんの道場で剣道を教えているはずで夜まで連絡がつかないと思う。
今追っている事に関して今日特に進展があったわけでもないので、次に会って話す必要があるのは多分ニ〜三日後だけど・・・その時に、ここに普通に呼ぶのか?
この事情を話すのか?
話題にしたいような気持ちのいい話ではない。
けれど、原因不明の飛び降り自殺が何件も起きている事は、今調べている事の範囲に入っている。
今起きたこの事が「原因不明」かどうかはまだ分からないし、原因は男女関係のもつれとかかもしれないけど。
「関係があるかもしれない事」として、一応皆に話す方がいいのかもしれない。
本屋やカフェをめぐるうちに時刻は夜になった。
夜にあのマンションへ帰るのは・・・もう少し早めに帰っておけばよかったと今になって思う。
かといって外に泊まるなどして余分な金を使いたくない。
こんな地味な事は考えたくないけれど、税金は上がるばかりで景気は下がりまくってる先行きの不安定な世の中で、少しでも金は残しておきたい。
「俺は大丈夫。俺は大丈夫」と自分に言い聞かせつつ、マンションのエントランスに足を踏み入れた。
エレベーターの十階のボタンを押す。
他には誰も乗っていないし、真っ直ぐ十階まで行くだろう。
ところがエレベーターは九階で止まった。
誰かが上で俺より先にボタンを押していたなら、その表示が出るはずなのにそれも無かった。
え?何で?九階で止まる?
こんな事は今まで一度もなかった。
そしてエレベーターのドアがスーッと開いた。
そこには誰もいない。
ゾッとする気配だけを感じた。
今日飛び降り自殺をしたのは九階の住人と関わりのあった女性。
この階から屋上への階段を上がり・・・そしてそこから・・・
俺は、エレベーターを飛び出して非常階段を駆け上がった。
誰かが後ろから付いてくる気配を感じる。
来るな!来るな!来るな!
自分の部屋の鍵を開け、転がり込むように中に入って鍵を閉める。
電気を付けっぱなしにして出かけたから部屋は明るい。
この明るさがありがたい。
上の階の誰かの悪戯なのか?
けど、俺が十階のボタンを押した時点で他の階のボタンは押されていなかった。
先に押した方が優先されるはず。
それ以前に他の階のボタンなどどこも押されてなかったのにどうして九階で扉が開く???
考えるほど恐怖が押し寄せてきた。
もし今日ここで一人で寝ている時深夜に電気がフッと消えたりして何か現れたりしたら・・・
俺はそういうのが見えてしまう方だ。
見たくもないのに。
この前の時も飛び降り自殺現場で見たけど、あれは朝だったからまだ良かった。
やっぱり無理だ。怖い。ここに居られない。
俺は、不死川にラインを送った。その後冨岡にも送る。
あの二人になら、まあ知られてもいい。
二人とも大学時代からの友人で、俺にとっては煉獄の次に気心知れている。
ビビって逃げてきたなんて、かなりかっこ悪い話だけれど・・・もうそんな事もかまっていられない。
しばらくして返信が来て、泊まりに来ていいと言ってくれたので、俺はニ、三泊分の荷物をリュックに押し込んで、家の前からタクシーに乗った。早くここから離れたかった。
不死川の家には冨岡が来ていて、二人で話していたところだった。
煉獄にも連絡してみると、今から行くと言ってくれたので四人で話す事にした。
人間という存在 煉獄杏寿郎
不死川の住むマンションは、宇髄の所と広さは変わらないけれど物が少ない分広く感じる。
部屋の仕切りを取り払った広いスペースに、い草のラグが敷いてあって座布団やらクッションやら色々置いてある。
真ん中にローテーブルがあって、その上に酒や食べ物を置いて、四人で深夜まで話し込むのは学生の頃から変わっていない。
夏場は布団も要らないし、眠くなるまで話してこのまま雑魚寝というのがいつものパターンになっている。
「鬼の存在だって実際見た奴以外は普通信じねぇもんなァ」
「そうだな。それを思うと今は戦闘用のアンドロイドの存在が知られていないのも当たり前だと思う。俺もこの前まで知らなかった」
冨岡が言う「この前」は、理事長襲撃事件の事だと思う。
「お前らもっと近くで見たんだろォ」
「あれは完全に人間だったな・・・アンドロイドに関しては、完全に人工的に作られた物だが・・・今調べている件は、生身の人間の脳に何らかの影響を与えて意のままに操ろうと計画している奴がいるという事だな。大正時代、人間を鬼に変えたのと同じように。それだけは絶対に捨て置けない」
「治験に参加すればたしかそこそこ高額なバイト代がもらえるでしょ。時間ごとに薬だけ飲んで後は三食昼寝付きで金もらえて、それで副作用も何も出なきゃ良かった得したって事で終わるわけだしね」
これは宇髄の言う通りだと思う。
このところ特に不景気になって、懸命に働いても収入の低い人も増えた。
危険も承知で、割りのいいバイトに手を出す者も居るだろうと思う。
「他にも、マイクロチップを体に入れる事に抵抗が無くなっていけば、そこに何か仕込む事だって出来なくはないと思う」
「何でもかんでも時短だの効率だのって便利を求めた結果が今の状況って事でしょ。これからの未来は人間が肉体の制限から解放されるってのが、今の国全体の方針みたいなとこあるけど。あれってどうなんだって俺は思うわ」
「やり方によっては、体の不自由な人がアバターを操作してそれまでより自由に便利に暮らせたり、手足を失った人が一部人工的な物を取り入れる事でその機能を回復させたり・・・プラスに思える面も無いことはない。でもそれ以上に、人工的な物を取り入れすぎる事の弊害は大きいと思う」
「富裕層の奴らの間じゃあ内臓まで取り替えて若くいようとか色々あるみたいだしね。不老不死って永遠のテーマなのかも知れないけど」
「それは自然界の掟に反していると思う」
冨岡が言った。
俺もその考えに同意したい。
「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだと俺は思う。前世、お前も鬼にならないかと言われた事があった」
「俺も言われた」
「鬼になれば、年も取らないし病気にもならない。永遠に若く強いまま生き続けられる。たしかそういうことだったな」
「今やってんのも結局それに近いことでしょ。百年前も今も、もそういう事考える奴が居んのは変わってねぇって事だわ。ある意味全然進歩ないね」
「歴史は繰り返す」
冨岡がボソッと呟いた事はなかなか的を得ている。
「昔の映画でたしかマトリックスって映画あっただろォ。あの映画ん中で首の後ろに電極みてぇなのブッ刺して、脳の中身を共有したら何でも出来るようになるとかいうやつ。ああいうのもどうも研究されてきてるらしいぞォ」
「武術が出来ない人間がいきなり達人になるとか、楽器に触った事もない人間がいきなり名演奏ができるようになるとかたしかそんな研究でしょ。それが出来る人間の脳と自分の脳を繋げて知識とか経験を共有するとかいうやつ」
「あまり気持ちの良くない話だな。自分が鍛錬して習得したものでなかったら、得られても何の喜びも無い。さっきの不老不死を求める話しもだが、俺は不自然だと思う。人も他の生き物も、今を精一杯生きてやがて年老いて死んで土に還る。それが正常な循環だと思う」
「それに逆らいたい奴もいるわけよね。俺もそういうのいいから自分らだけで勝手にやってくれって思うわ」
「支配するのが好きな奴っているんだろォ。いつの時代も」
「これが一番いいと勝手に決めて全員をそっちへ向けたがる。迷惑な話だ」
「治験やってる施設に忍び込むってのが一つで、それ以外に何かある?」
宇髄が俺達に問いかけた。
存分に食べて飲んで、腹がいっぱいになった事で少し眠くなってきた。
家にも「今日は帰らない」と言っておいたから、このまま寝てしまってもかまわないのだが。
次の会議までに、四人の間で出来るだけ話し合っておきたい。
「変な死に方した奴の血液でも採取出来たらなァ。胡蝶なら調べられるんじゃねぇかァ?」
「それはいけるかもしれないな。だが、それを手に入れる事となるとかなり難しいと思う。直接は無理でも、知り合いの医療関係者を辿って、何か知っている者がいないか聞いて回るくらいなら出来るだろうか」
「そぉね。いきなり関係ない俺らが行って、死んだ人の血をくださいって言ったって怪しすぎるし」
「さっき言っていたが宇髄は幽霊が見えるのか?」
いきなり冨岡が言い出した。
「そうだけど。この事と何の関係あんのよ?」
「不審な死に方をした者に直接聞いてみればいい」
なるほどその手があったか。
冨岡の考える事は、なかなか鋭い。
「俺嫌だからね!煉獄まで期待を込めた眼差しで見んなって!」
「大丈夫だ。宇髄。君ならやれると思う!俺は君を信じている!」
「たしかにそれが一番早いよなァ」
宇髄はものすごく嫌そうだが、ここで頑張ってもらうしかない。
「宇髄。なぜ君がその力を持って生まれたか分かるか?」
「わかんねぇよ」
「君がその力を使って人を助けるためだと思う」
「他人事だと思って。目キラキラさせて言うんじゃねぇよ」
「煉獄の頼みなんだぞォ。聞いてやれよォ」
「何よこれ。イジメ?もうやけくそだわ。分かったった考える」
「考えるではなくてやると言ってくれ。宇髄」
俺はもう一度念を押した。
「お前なぁ・・・わかった。やるわ」
「ありがとう!宇髄!」
これからの計画 宇髄天元
「こいつ酔ってんじゃね?」
「そうだろーけどォ。さっき喋ってた時はまともだったぞォ」
「明日になったら喋ってた事全部忘れてそうね」
「俺達が覚えているから大丈夫だ」
「忘れて欲しいわ。俺は」
煉獄は、満面の笑みでありがとうと言った後、そのまま爆睡してしまった。
かなり酒を飲んでいたし、きっと酔っ払っているに違いない。
今日も怖くて逃げてきたってのに、わざわざ幽霊と対面する事になるのか・・・何が悲しくてこんな役・・・
「宇髄!君なら大丈夫だ!信じている!」
「わっ・・何?!煉獄。突然叫ばないでよ。・・・ん?寝てんの?」
目は閉じたままだし、また規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「声でかいけど寝言みてぇだなァ」
「きっと夢の中ですら事件解決を考えているのだ」
「俺が祟られたらお前ら全員恨むからね」
この役からはもう逃れられそうにないし、嫌味の一つも言いたくなる。
「悲鳴嶼さんについて行ってもらったらどぉだァ?」
「迷っている霊も成仏させてくれるかもしれないな」
なるほど一人で行くのと違って、それならかなり心強い。
「悲鳴嶼さんはおそらくそういうの見えるタイプだし、動物の事も分かんのか猫ともよく話してるしね。頼りになるわ」
「動物で思い出したけどォ。伊黒はいつも鏑丸と話してんだろォ。鏑丸だったら治験やってる施設ん中入れんじゃねぇかァ?」
「それは思いつかなかったがなるほどそうだな」
バラバラで掴みどころのない事件を見ていた所から比べると、かなり突破口が見えてきた。
不死川が、今までの事を整理して書いたノートを見せてくれた。
あえてパソコンに保存する事はしない。
絶対に情報が盗まれない保証は無いから。
人造人間。
普通に人間の肉体を持ちながら脳をハッキングされた人間。
治験の施設で何か行われている疑い。
個人情報を完全管理して支配体制を強化しようとする動き。
この流れを作って日本を乗っ取ろうとする政治家の動きと、さらにその上にいるらしい存在。
その下に続けて、対策が書かれている。
治験をやっている施設への侵入
医療関係者への聞き込み
被害者の血液を調べる事が出来るか
被害者と直接話してみる
「知り合いを辿っての聞き込みは、むしろ大人じゃねぇあいつらの方が向いてるかもしれねぇなァ」
「警戒されにくい分、やりやすいかもね。この前もけっこう頑張ってくれたから頼りになるし」
「ネット上の情報調べんのは俺と伊黒が得意だからやってやるかァ。冨岡は脳筋だから実戦担当だろォ」
「心外だな。たしかにパソコンに張り付くような作業は苦手だが」
「脳筋はここで爆睡してるこいつも」
俺は、煉獄の頭をワシャワシャとかき混ぜながら言った。
「煉獄となら、前世では共闘したことがある」
「今も大学から一緒だったしなァ」
「そしたら施設に忍び込む方はお前らがやる?」
「俺はそれで構わないが」
「こいつ起きたら聞いとくわ。多分断らないでしょ」
幽霊との接触は気が進まないには違いないけど、これからやる事が明確に見えてくると何となく覚悟が決まって気持ちがスッキリしてきた。
続きはこちらです。
コメント